宋史卷三百三十 列傳第八十九 杜常

出自と経歴

  • 字は正甫。衛州の人。昭憲皇后の族孫。節を折って学問に励み、外戚の風習を持たなかった。かつて驢馬に乗って読書していたところ驢馬が草を食んで道を外れたことに気づかず、桑の木にぶつかり額を傷つけたという逸話がある。
  • 進士に及第し、河陽司法参軍に。富弼に厚く重んじられた。河東転運判官・河北刑獄提点に累進、兵部左司郎中・太常少卿・太僕・太府卿・戸部・工部・刑部・吏部の侍郎を経て、梓州・青州・鄆州・徐州・成徳軍の知事を歴任。崇寧年間に工部尚書に至り、龍図閣学士として河陽軍知事となる。
  • 干魃の際に赴任地に着くと雨が降り、大河が決壊し州の西側の埽(堤防)が非常に危険な状態になった際、自ら現地に赴き埽の上に移り護衛した。埽が決壊し水が押し寄せてきても座ったまま動かなかったため、役夫たちが力を尽くして治水にあたり、水流はついに退き郡はこれによって安泰となった。79歳で没した。