宋史卷三百二十四 列傳第八十三 張孜

張孜

  • 開封の人。微賤の生まれで悼献太子の乳を得て入宮し、真宗の命で内侍張景宗の養子となった。皇太子即位後、供奉官閤門祗候として陳州の堤防を築き、供備庫使・恩州団練使を歴任した。
  • 冀貝驍捷軍の銀鞵銭問題では旧慣の存続を主張したが上官が強行し保州の軍が叛乱を起こした。契丹との和議交渉で富弼の副使を務め、河東の鉄銭法改定時の民の動揺を単騎で鎮めた。
  • 濟州防禦使・侍衛馬軍都虞候・殿前都虞候等を歴任、虎翼兵の反乱を首謀者処断で収めた。宮禁に長く仕えた経歴から兵柄を疑われ、寧遠軍節度使・知潞州に出された。仁宗に召還され馬軍都指揮使となったが、御史中丞韓絳が富弼の推薦を批判し富弼が引責、張孜も罷免され知曹州で卒した。太尉を追贈され諡「勤恵」。旧名は茂実で、英宗の旧名を避けて改名した。