宋史卷三百二十三 列傳第八十二 向寳

向寳

  • 鎮戎軍の人。皇城使帯御器械などを歴任し、龍神衛四廂都指揮使・嘉州団練使に至った。14歳で敵と戦い2級を斬るなど武勇に優れ、虎を一矢で射殺し、盗賊郭邈山の略奪品を奪還した逸話も伝わる。梁適との射術対決で神宗に「今の飛将軍」と称され、薛仁貴に比された。

史論

  • 蔚昭敏・髙化・周羙は辺鄙に功があった。髙化は蜀州で堤を守り冤獄も晴らし民事に通じた武人であった。周羙は夏人を破り城堡を焼くも常に便利を選ばず勝ち、禄賜を部下に分けたため士に用いられた。古の良将にも劣らない。閻守恭は郭進を慕い徒歩から刺史に至った志は小さくない。孟元・劉謙・馬懐徳・范恪は皆西辺で戦功を挙げ、卒伍から起こりながら民事にも通じ、流散した民を招輯するなど武夫に留まらぬ働きをした。
  • 趙振は挽強命中に精通し兵機にも明るかったが、塞門の敗では自ら擁兵して救わなかったことが惜しまれる。子の趙珣は年少ながら書史を修め武伎に熟達し、籠竿の一戦では西人を敗走させ劉滬を死地から救うなど英風義烈であった。葛懐敏が珣の策を用いず敗れ、珣も力戦の末に没した。安俊・向寳は目立った戦功は少ないが夏人に畏れられた。張忠は他の諸人に比べれば見劣りする。