宋史卷三百 列傳第五十九 陳太素

陳太素と附伝(馬尋・杜曽)

  • 陳太素、字は仲華。河南緱氏の人。大理評断官・詳議官・大理少卿として、二十余年に及び法理に基づく公正な判断で朝廷の疑獄に召され、家人にも「囹圄の苦しみは我が身の苦しみより甚だしい」と語った。江陰軍・兗州・明州の知事を経て兵部郎中で没す。
  • 馬尋、湏城の人。毛詩学究より起家、大理寺・両浙陝西刑獄提点、広東淮南両浙転運使、湖・撫・汝・襄・洪・宣・鄧・滑の八州知事。襄州飢饉時の強盗事件を「窮迫による窃盗」と情状酌量し死罪を減じる先例を作った。司農卿で終わる。
  • 杜曽、濮州の人。唐の大中の制に基づく殺人罪の適用を批判し、謀殺と故殺の区別を厳格化するよう提言、後に律令に反映された。