宋史卷二百九十六 列傳第五十五 張茂直

経歴

  • 張茂直は字を林宗といい、兖州瑕邱の人。父張延昇は経術で郷里を教授した。若くして慕容彦超に州城の防衛を強いられ、後周軍が城を破った際、処刑を待つ列で「首を斬られる前に髪だけでも切っておけ」と勧める兵卒がいたが、間もなく赦免された逸話がある。
  • 学問に励み、開宝年間に州将から錢五万の助力を得て進士に及第。海州推官・司農寺丞・泰州通判、転運使韋務昇の誣告で梓州富国監に左遷されたが後に無実が判明。静安軍通判、深州の下博を編入させる建言、著作佐郎・秘書丞(扈蒙の推薦)を経て福州の田訟審理を担当。参知政事李至の推薦で益王元傑府記室参軍となり、王が好んだ詩の唱和にしばしば応じた。
  • 端拱元年(988年)金紫を賜り度支員外郎・本曹郎中を経て、真宗の藩邸時代から朱昂と共に仕え、即位後は梁周翰・師頑らと共に知制誥に用いられた。西閣に再入した際、元傑の子誕生に伴い旧府に礼幣を送る使者を務め栄誉とされた。晩年は多病で秘書少監・潁州知事、咸平四年(1001年)卒去、享年七十五。子の張成列は進士及第。