宋史卷二百七十四 列傳第三十三 侯贇
侯贇
- 并州太原の人。父の義は後漢遼州刺史。贇は蔭により殿前承旨に補す。後周顕徳中、再遷して供奉官に至り、江南への使者から戻ると三門集津発運使を領した。宋初、諸衛将軍となる。かねて朝廷は関中の穀麦を頼りにしていたが、贇はその事を掌り30年を歴て国用に欠けることがなく、累遷して右武衛将軍に至る。
- 開宝中、建安軍・揚州・徐州の知事を歴任しいずれも善政があった。太宗即位後、知福州に移り右衛将軍に改まる。太平興国2年(977年)、銭俶が初めて土を納めた際、詔で贇に両浙諸州を馳せて軍儲・芻茭を閲視させた。累遷して右衛大将軍に至る。太平興国7年(982年)、知霊州として蕃落を按視・宴犒し辺士の心を得て部内は大いに治まった。左衛に遷り朔方にあること10余年、上はその久しく務めることを念い代われる者を求めたが適任者が難く、淳化2年(991年)、官にて没した、享年74。本衛上将軍を贈られた。