宋史卷二百六十一 列傳第二十 李瓊

出自と生涯

  • 幽州の人。祖父傳正は涿州刺史、父英は涿州從事を務めた。
  • 幼くして学を好み史伝を渉猟し、書物を懐に太原に赴いた。後唐荘宗が勇士を募ったのに応じ、周祖(郭威)ら十人と義兄弟の契りを結んだ。
  • 周祖の危坐して読書する姿を見て『閫外春秋』(兵法書)を読むよう勧め、以後周祖の師と仰がれた。
  • 河中討伐に従軍し、乱平定後に朝散大夫大理司直を授かり、太子洗馬に累遷。周祖が鄴を鎮めると大名少尹に任じられた。
  • 廣順初年(951年頃CE)、将作監に拝され内作坊使を兼ね、金紫を賜る。亳州・陝州の知州を歴任し済州刺史に改まる。世宗初年に洺州團練使、のち安州防禦使に改まり、治政は寛簡で民から徳を頌える碑を請われた。
  • 宋初に召されて太子賓客となる。建隆三年(962年CE)、上表して致仕を請い、右驍衛上將軍に改まり退官。
  • 仏教を信仰し、翌年四月八日に仏寺に赴いた際に病を得て歿した。享年七十三。太子少師を贈られた。