宋史卷二百五十九 列傳第十八 崔彦進

崔彦進

  • 崔彦進は大名の人で純質・膽略あり騎射に長じた。後漢の乾祐中に周太祖の帳下に入り、広順初め衛士を補し、世宗に禁兵を率いて従い顕徳初め控鶴指揮使となった。
  • 淮南征伐の功で散員都虞候、瓦橋関平定、宋初は控鶴右廂指揮使・果州団練使。李筠討伐で先鋒部署、李重進討伐にも従い、建隆二年侍衛歩軍都指揮使・武信軍節度使。
  • 蜀征伐で鳳州路行営前軍副都部署となったが、部下の掠奪や不法行為で連座し左遷。太原征伐(太平興国四年)では東面を攻め太祖に功を賞された。太原平定後の幽州征伐、関南屯兵を経て検校太尉。
  • 遂城の契丹侵攻を劉廷翰・崔翰らと共に撃破。雍熙三年幽州道行営馬歩軍水陸副都部署として曹彬・米信と共に出兵したが軍令違反で敗戦、右武衛上将軍に降格された(曹彬伝参照)。
  • 端拱元年病を得て召還され六十七歳で卒し侍中を追贈された。戦功は多かったが財貨を好み善政に乏しく、没後子らが遺産を争い太宗自ら裁定した。子の懐遵らは内殿崇班等。