宋史卷二百五十三 列傳第十二 李繼周

生涯

  • 延州金明の人。祖・父ともに金明鎮使。太平興國三年、東山蕃落の集結を破り三千余を殺し殿前承旨。雍熙中候延廣と共に未藏末腋等族を渾州西山で破り、淳化四年殿直、翌年李繼遷討伐で塞門・鴉兒両路の開治や首領二十余人の招降、石堡砦での蕃将破りに功あり供奉官に進む。阿都關・塞門・盧關等砦の要害を重視し築城、未帰順の磨盧家媚咩拽藏等族を夜襲した。至道二年西京作坊副使、延州路踏白先鋒として李繼遷を撃退、咸平三年再び先鋒として賊境の積聚を焼き払い六十余万の器甲を得て供備庫使、五年西京作坊使。景徳元年麟州包囲を李繼福と共に撃退し誠州刺史を領し、大中祥符二年年六十七で卒した。子は殿直士彬(後に供備庫副使)、従子の士用は殿直で部族統括を委ねられた。李繼福も同時期に帰順し歸徳將軍・順州刺史を歴任した。