宋史卷六十 天文志第十三 流隕四
流隕(流星・隕石の記録)
建中靖國元年(1101年)
正月癸亥、星が西南に盂のような大きさで出現し、東北へ急いで尾距星に入って没した(青黒色、尾跡なし、地を明るく照らした)。
崇寧年間(1102年~1106年)
崇寧元年(1102年)三月庚辰、星が張宿に金星のような大きさで出現し、西南へ急いで濁るところに入って没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。五月丁卯、星が尾宿に杯のような大きさで出現し、西南へゆっくり濁るところに入って没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。閏六月癸酉、星が斗宿に出現し西南へゆっくり建星まで進んで没した(青白色、尾跡があり、小星数個が従った)。八月已未、星が羽林軍に杯のような大きさで出現し、急いで濁るところに入って没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。十月壬子、星が天船に盂のような大きさで出現し、急いで五車まで進んで没した(青黒色、尾跡があり、音は轟いた)。十二月已卯、星が婁宿に金星のような大きさで出現し、西南へゆっくり外屏まで進んで没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。 崇寧二年(1103年)正月戊申、星が未の方位に金星のような大きさで出現し、急いで北河まで進んで没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。六月戊午、星が亢宿に金星のような大きさで出現し、西南へ急いで濁るところに入って没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。九月辛巳、星が牛宿に杯のような大きさで出現し、西南へゆっくり狗國まで進んで没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。十一月甲辰、星が參宿に金星のような大きさで出現し、西南へ急いで濁るところに入って没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。十二月丁未、星が大陵に金星のような大きさで出現し、騰蛇まで進んで没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。 崇寧三年(1104年)四月戊申、星が軫宿に杯のような大きさで出現し、西北へゆっくり太微垣内屏星に入って没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした。また太微・屏星にも入った)。六月丙午、星が氐宿に金星のような大きさで出現し、東北へゆっくり天市垣に入った(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。八月已酉、星が建星に杯のような大きさで出現し、西南へ急いで鼈星まで進んで没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。十二月甲子、星が天大將軍に盂のような大きさで出現し、西北へ急いで王良に入って没した(赤黄色、尾跡なし、地を明るく照らした)。 崇寧四年(1105年)正月甲申、星が角宿に盂のような大きさで出現し、西南へゆっくり濁るところに入って没した(青白色、尾跡なし)。閏二月壬申、星が井宿に金星のような大きさで出現し、西北へ急いで五車に入って没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。三月庚子、星が紫微垣華盖に杯のような大きさで出現し、鈎陳大星まで進んで没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。五月庚申、星が河鼓に盂のような大きさで出現し、西北へ急いで濁るところに入って没した(青白色、尾跡なし)。十二月甲午、星が參宿に杯のような大きさで出現し、東南へゆっくり軍市に入って没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。 崇寧五年(1106年)六月庚午、星が西咸に金星のような大きさで出現し、東北へ急いで天市垣内に入って没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。(同月)乙酉、星が庫樓に杯のような大きさで出現し、西へ急いで濁るところに入って没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。九月癸卯、星が天船に杯のような大きさで出現し、ゆっくり諸王まで進んで没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。十二月壬戌、星が奎宿から南へ急いで天倉に入って没した(青白色、尾跡は三丈に及び、地を明るく照らし、音は裂帛のようだった)。
大觀年間(1107年~1108年)
大觀元年(1107年)二月丁卯、星が參宿に杯のような大きさで出現し、西南へ急いで濁るところに入って没した(赤黄色、尾跡なし、地を明るく照らした)。四月辛未、星が軫宿に盂のような大きさで出現し、南へゆっくり濁るところに入って没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。六月乙亥、星が尾宿の西南に杯のような大きさで出現し、西南へゆっくり濁るところに入って没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。七月庚戌、星が箕宿に杯のような大きさで出現し、西南へ急いで濁るところに入って没した(赤黄色、尾跡なし、地を明るく照らした)。 大觀二年(1108年)十二月癸卯、星が奎宿に盂のような大きさで出現し、西北へ急いで造父に入って没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らし音があった)。
政和年間(1111年~1117年)
政和元年(1111年)四月丙辰、星が亢宿に盂のような大きさで出現し、西北へ急いで右攝提まで進んで没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。五月辛巳、日が中天に至らないうちに星が東南に隕ちた。 政和二年(1112年)九月乙卯、星が斗宿に杯のような大きさで出現し、西南へ急いで濁るところに入って没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。 政和三年(1113年)四月丙申、星が心宿に盂のような大きさで出現し、西南へ急いで積卒まで進んで没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。 政和四年(1114年)九月庚子、星が墳墓に盂のような大きさで出現し、東南へ急いで羽林軍に入って没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。 政和七年(1117年)十二月甲子、星が胃宿の東南に盂のような大きさで出現し、西北へ急いで天大將軍まで進んで没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。
重和元年(1118年)
九月庚辰、星が斗魁の南に盂のような大きさで出現し、東南へ急いで天淵まで進んで没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。
宣和年間(1119年~1125年)
宣和元年(1119年)三月丁卯、星が栁宿に盂のような大きさで出現し、東北へ急いで太微垣に入った(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。十月戊子、星が雲雨に盂のような大きさで出現し、西南へゆっくり羽林軍内に入って没した(青白色、地を明るく照らした)。 宣和二年(1120年)六月庚寅、星が氐宿の南に太白のような大きさで出現し、東北へ急いで天市垣に入った(尾跡なし)。十二月辛巳、星が奎宿の西南に杯のような大きさで出現し、西南へゆっくり北まで進んで没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。 宣和三年(1121年)七月癸未、星が斗宿に太白のような大きさで出現し、東南へ急いで濁るところに入って没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。 宣和四年(1122年)十一月丙寅、星が王良の北に杯のような大きさで出現し、急いで紫微垣内上輔の北まで進んで没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。 宣和五年(1123年)二月丙午、星が北河の東北に杯のような大きさで出現し、東南へゆっくり軫宿まで進んで没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。 宣和六年(1124年)七月丁酉、星が太陽守に盂のような大きさで出現し、東北へ急いで濁るところに入って没した(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。 宣和七年(1125年)十一月戊子、星が王良の北に杯のような大きさで出現し、急いで紫微垣上輔の北に入った(赤黄色、尾跡あり、地を明るく照らした)。
靖康年間(1126年~1127年)
靖康元年(1126年)二月丙辰、星が張宿に太白のような大きさで出現し、東南へ急いで濁るところに入って没した(青白色、尾跡あり、地を明るく照らした)。また星が北河に太白のような大きさで出現し、東南へゆっくり軫宿の東まで進んで没した(赤黄色、尾跡あり、地を照らした)。三月壬辰、星が紫微垣内鈎陳の東南に金星のような大きさで出現し、東北へゆっくり濁るところに入って没した(赤黄色、尾跡あり、地を照らした)。五月乙未、星が權宿の東北に桃のような大きさで出現し、西北へ急いで濁るところに入って没した(青白色、尾跡あり、地を照らした)。六月癸丑、大きな星が斗五升の器ほどの大きさで流れ、多くの光を伴い地を明るく照らし、東南から起こり西北に墜ちて音は雷のようだった。庚申、星が紫微垣内華盖の東南に金星のような大きさで出現し、北へ急いで左樞まで進んで没した。 靖康二年(1127年)正月乙未、大星が建星から出現し、西南へ急いで濁るところに入って没した(赤黄色、尾跡あり、地を照らした)。
建炎四年(1130年)
六月乙酉、星が紫微垣鈎陳に出現した。十月辛未、星が壁宿に出現した。
紹興年間(1131年~1161年)
紹興元年(1131年)四月甲戌、星が東方に出現し昼に隕ちた。七月乙未朔、星が河皷に出現した。八月辛未、星が羽林軍に出現した。十一月庚戌、星が婁宿の西南に出現した。丁巳、星が天槍の北に出現した。十二月甲子朔、星が大陵の西北に出現した。 紹興二年(1132年)三月甲午、星が紫微垣華盖の西南に出現した。乙卯、星が角宿に出現した。丁巳、星が紫微垣右樞星に出現した。戊午、星が軒轅大星の西南に出現した。閏四月乙巳、星が太微垣西右執法の北に出現した。五月癸未、星が河皷に出現した。 紹興五年(1135年)十月壬戌、星が室宿の東南に出現し、大きく赤黄色だった。 紹興六年(1136年)十月壬子、星が壁宿の西北に出現した。 紹興七年(1137年)八月壬寅、星が外に隕ちた。 紹興八年(1138年)十一月乙巳、星が天囷の東北に出現した。 紹興九年(1139年)五月癸未、星が房宿の東南に出現した。 紹興十七年(1147年)八月已未、星が危宿に出現し、ゆっくり貫索まで進んで没した(青白色、尾跡があり、地を明るく照らし、太白ほどの大きさだった)。 紹興十六年(1146年)六月乙亥、星が東北方に出現し、光が地を明るく照らした(底本の記載順のまま記す)。 紹興二十八年(1158年)六月戊戌、星が昼に隕ち、尾は長さ三丈に及んで西北まで進んで没した。 紹興二十九年(1159年)八月戊寅、星が紫微垣の西南に出現し、長さおよそ三尺、赤黄色で西南へ急いで流れ鈎陳大星の東北まで進んで没した。 紹興三十一年(1161年)六月乙卯、星が右攝提に出現し、赤白色で急いで東南へ流れて没した(尾跡があり、歳星ほどの大きさだった)。丁巳、星が青白色で東北から東南へ急いで流れて没した(尾跡があり、盞口ほどの大きさだった)。甲子、星が氐宿に出現し、赤黄色でゆっくり角宿・天田まで流れて没した(初め小さく後に大きくなり太白のようで、後に小星が従った)。九月壬午、星が昼に隕ち、長さおよそ三丈だった。
隆興年間(1163年~1164年)
隆興元年(1163年)六月丁丑、星が尾宿に出現し、青白色で東南へゆっくり流れて没した。七月壬寅、星が天市垣内に出現し、赤色で西北へゆっくり流れ右攝提の西南まで進んで没し、弾けて小星二十余顆に分かれ、音があり尾跡は太白ほどの大きさだった。丙午、また天市垣に星が出現し、ゆっくり氐宿まで流れて没した(青白色、わずかに尾跡があり、塡星ほどの大きさだった)。八月庚申、星が羽林軍に出現し、赤黄色で東南へ急いで濁るところに入って没した。戊辰、星が虚宿に出現し、赤黄色で急いで牛宿の西南まで進んで没した。壬申、星が天市垣に出現し、赤青色でゆっくり西咸の西北まで流れて没した。癸酉、星が壁宿に出現し、赤黄色で急いで王良星を犯して没した(太白のような大きさ)。丙子、星が羽林軍門に出現し、青白色でゆっくり曲がりながら東南へ流れ濁るところに入って没した。辛巳、星が南斗に出現し、赤黄色でゆっくり羽林軍に入って没した(尾跡があり金星ほどの大きさ)。次いで一星が赤黄色で尾跡も金星のようで雲雨星から出現し、ゆっくり西南へ流れ女宿の下まで進んで没した。戊子、星が羽林軍門の東南に出現し、ゆっくり濁るところに入って没した(青白色、尾跡は土星ほどの大きさ)。また一星が青白色で天倉から出現し、東南へ急いで流れ濁るところに入って没した(尾跡は木星ほどの大きさ)。九月庚戌、星が紫微垣外坐に出現し、赤黄色で西北へ急いで紫微垣内坐の尚書星まで進んで没した。十一月庚寅、星が軫宿に出現し、急いで東南へ流れ騎官星まで進んで没した(赤黄色、尾跡は木星ほどの大きさ)。丁未、飛星が天船に出現し、急いで紫微垣外坐内厨の西北まで進んで没し、弾けて小星二つに分かれた(青白色、尾跡があり地を明るく照らし木星ほどの大きさ)。 隆興二年(1164年)二月辛酉、飛星が權星に出現し、ゆっくり太微垣内五帝坐大星の西南まで進んで没した(青白色、わずかに尾跡があり歳星ほどの大きさ)。六月丁丑、星が王良に出現し、青白色で急いで天津を犯し西南まで進んで没した。乙卯、飛星が造父に出現し、急いで紫微垣内鈎陳大星の東南まで進んで没した(青白色、塡星ほどの大きさ)。辛亥、星が天關に出現し、急いで畢宿の口を貫き西北まで進んで没した(尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ、赤黄色)。十月丙辰、星が趙國に出現し、西南へゆっくり趙東星を犯して没した(尾跡が塡星ほどの大きさ、赤黄色)。十一月壬午朔、星が卯の方位に出現し、ゆっくり西南まで進んで没した(尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ、青白色)。癸未、星が弧矢を犯して出現し、急いで天廟の東南まで進んで没した(尾跡が太白ほどの大きさ、青白色)。丁亥、星が天苑に出現し、西南へゆっくり濁るところに入って没した(わずかに尾跡があり太白ほどの大きさ、赤黄色)。癸卯、星が羽林軍に出現し、ゆっくり西南へ流れ濁るところに入って没した(太白ほどの大きさ、赤黄色)。辛亥、星が南河に出現し、東南へゆっくり翼宿まで進んで没した(わずかに尾跡があり太白ほどの大きさ、赤黄色)。十二月壬午、星が弧矢に出現し、東南へ濁るところに入って没した(尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ、青白色)。
乾道年間(1165年~1173年)
乾道元年(1165年)三月丙辰、星が周國に出現し、急いで天雞まで進んで没した(わずかに尾跡があり歳星ほどの大きさ、黄白色)。甲子、星が張宿に出現し、西南へゆっくり濁るところに入って没した(尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ、赤黄色)。五月丁丑、星が河皷に出現し(白色)、東北へゆっくり濁るところに入って没した(尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ)。六月甲辰、星が東北に出現し、西南へゆっくり流れて没した(音があり太白ほどの大きさ、赤黄色)。七月壬戌、星が西南に出現し、ゆっくり東南まで進んで没した(歳星ほどの大きさ、赤黄色)。庚午、星が代國に出現し、ゆっくり趙國まで進んで没した(歳星ほどの大きさ、青白色)。九月戊申、星が王良に出現し、ゆっくり尾宿まで進んで没した。十月癸未、星が權星に出現し、東南へ急いで太微垣まで進んで没した(尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ、青白色)。 乾道二年(1166年)二月庚子、星が西北方に出現し、急いで濁るところに入って没した(明るく歳星ほどの大きさ、青白色)。六月丙子、星が角宿に出現し、急いで軫宿まで進んで没した(尾跡が太白ほどの大きさ、赤黄色)。七月已巳、星が織女に出現し、急いで天市垣内宗星まで進んで没した(尾跡が歳星ほどの大きさ、青白色)。十一月已未、星が急いで東南へ流れ蒼黒い雲間に没した(歳星ほどの大きさ、青白色)。十二月、星が天關に出現し、急いで外屏星まで進んで没した(小星二つが従い赤黄色、わずかに尾跡があり歳星ほどの大きさ)。 乾道三年(1167年)九月甲午、星が巻舌に出現し、急いで婁宿まで進んで没した(尾跡が歳星ほどの大きさ、黄白色)。また青白色の星が北斗から出現し、急いで少宰の西北まで進んで没した(歳星ほどの大きさ)。 乾道五年(1169年)七月甲子、星が宗正に出現し、赤色でゆっくり女宿まで進んで没した(尾跡が地を明るく照らし歳星ほどの大きさ)。九月丙辰、星が赤黄色で蛇のように天棓に入って没した。 乾道六年(1170年)九月辛巳、星が狼星に出現し、弧矢に入り濁るところに入って没した(わずかに尾跡があり塡星ほどの大きさ、赤黄色)。十月庚戌、星が天囷に出現し、急いで濁るところに入って没した(尾跡が歳星ほどの大きさ、赤黄色)。 乾道七年(1171年)七月戊戌、星が拳ほどの大きさで西北方へ急いで流れ濁るところに入って没した(尾跡が地を明るく照らし雲のようだった)。九月甲午、雲を透かして星が出現し、西南方へ急いで濁るところに入って没した(高さ一丈余り、尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ、青白色)。
淳熙年間(1176年~1188年)
淳熙三年(1176年)正月辛未、星が狼星に出現し、急いで濁るところに入って没した(尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ)。四月戊戌、星が角宿に出現した(青白色)。 淳熙五年(1178年)八月乙巳、星が狼星に出現し、東南へ急いで進んで没した(わずかに尾跡があり太白ほどの大きさ、青白色)。 淳熙六年(1179年)八月壬辰、星が紫微垣鈎陳大星に出現し、ゆっくり濁るところに入って没した(尾跡が盞口ほどの大きさ、青白色)。 淳熙七年(1180年)五月乙亥、星が天市垣内東海星に出現し、ゆっくり流れ弾けて小星三つに分かれた(尾跡が地を明るく照らし盞口ほどの大きさ、青白色)。八月丁未、星が貫索大星の西北に出現し、急いで濁るところに入って没した(尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ、青白色)。 淳熙十一年(1184年)四月乙丑、星が中天から出現し、ゆっくり東北方へ流れて没し、わずかに尾跡があり弾けて小星が相従い音があり明るく太白ほどの大きさで青白色だった。 淳熙十五年(1188年)二月辛未、星が天樽に出現し、盞口ほどの大きさで急いで濁るところに入って没した(青白色)。
慶元年間(1196年~1199年)
慶元二年(1196年)九月甲午、慶元四年(1198年)六月甲午、星がともに昼に隕ちた。(慶元四年)七月壬寅、星が羽林軍の下に出現した(青白色、椀ほどの大きさ)。九月丁巳、星が奎宿に出現し壁壘陣に向かって没した(赤白色、太白ほどの大きさ)。 慶元五年(1199年)六月丁丑、星が東北に出現し、ゆっくり西南方まで進んで没した(歳星ほどの大きさ、青白色)。九月壬子、星が西南に出現し、ゆっくり東北へ進んで没した(太白ほどの大きさ、青白色)。
嘉泰年間(1202年~1204年)
四月辛巳、星が西北に出現し、東北へ急いで濁るところに入って没した(赤色)。十月乙酉、星が五車に出現した(歳星ほどの大きさ)。十一月庚午、星が天津に出現し、急いで天市垣に入って没した。
開禧年間(1205年~1206年)
開禧元年(1205年)正月庚子、星が中天に出現し、赤色で太白ほどの大きさ、濁るところへ向かって没した。七月癸亥、星が天津に出現し、斗宿の東南に入って没した(赤色、太白ほどの大きさ)。 開禧二年(1206年)六月癸丑、星が招揺に出現し、庫樓に入って没した(赤色、太白ほどの大きさ)。
嘉定年間(1208年~1223年)
嘉定元年(1208年)六月辛未、星が天津に出現し、東北へゆっくり天市垣に向かって没した。 嘉定二年(1209年)六月壬午、星が織女に出現し、東南へゆっくり天市垣に入って没した(赤色、尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ)。庚寅、星が中天に出現し、急いで東北へ濁るところに向かって没した。 嘉定三年(1210年)九月已酉、星が夕方隕ちた。 嘉定五年(1212年)七月乙巳、星が中天に出現し、ゆっくり西南方に向かって濁るところで没した。 嘉定六年(1213年)五月癸亥、星が昼に隕ちた。九月癸卯、星が夕方隕ちた。丁巳、星が昼に隕ちた。十月戊戌、星が昴宿の西南に出現し、ゆっくり天廩の東南に向かって没した。壬戌、星が西南に出現し、ゆっくり濁るところに入って没した(青白色)。十二月壬寅、星が昼に隕ちた。 嘉定七年(1214年)三月壬午、星が軫宿距星の東南に出現し、ゆっくり濁るところに入って没した。五月辛卯、星が天津の西南に出現し、ゆっくり心宿の西北に向かって没した。 嘉定八年(1215年)七月癸未、星が室宿距星の東北に出現し、急いで天倉星の西北に向かって没した。乙酉、星が織女の東南に出現し、ゆっくり牛宿の西南に向かって没した(尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ、青白色)。八月甲辰、星が天津の西南に出現し、ゆっくり河皷の東北に向かって没した。十二月丙申、星が五諸侯の東北に出現し、ゆっくり天關の西南に向かって没した(音と尾跡があり地を明るく照らし赤黄色)。 嘉定九年(1216年)六月乙巳、星が牛宿距星の東北に出現し、ゆっくり濁るところに入って没した。 嘉定十年(1217年)五月壬申、星が尾宿距星の西北に出現し、ゆっくり牛宿距星の東南に向かって没した。 嘉定十一年(1218年)六月乙卯、星が河皷距星の西南に出現し、急いで正西へ濁るところに向かって没した。 嘉定十二年(1219年)十一月乙亥、星が昴宿の東南に出現し、急いで濁るところに入って没した。 嘉定十三年(1220年)十二月丁巳、星が軫宿旗の東北に出現し、ゆっくり濁るところに入って没した(赤黄色)。(同年)二月壬午、星が南河距星の東南に出現し、ゆっくり西南へ濁るところに向かって没した(赤黄色)。八月戊午、星が房宿距星に出現し、急いで濁るところに入って没した(尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ、赤黄色)。十一月甲申、星が天倉距星の西北に出現し、ゆっくり東南方に向かって濁るところに没した(赤黄色)。 嘉定十六年(1223年)十一月壬戌、星が五諸侯の東北に出現し、急いで西北へ濁るところに向かって没した(轟くような音と地を明るく照らす尾跡があり盞ほどの大きさ)。
寳慶二年(1226年)
四月辛亥、星が出現し太白ほどの大きさだった。
紹定年間(1228年~1232年)
紹定元年(1228年)六月已酉、星が昼に隕ちた。 紹定二年(1229年)正月庚辰・九月壬辰、星が出現し太白ほどの大きさだった。 紹定三年(1230年)十一月丁未、星が昼に隕ちた。 紹定四年(1231年)七月庚戌、星が出現し太白ほどの大きさだった。九月甲辰、星が昼に隕ちた。 紹定五年(1232年)八月甲寅、星が夕方隕ちた。閏九月已酉、星が出現し太白ほどの大きさだった。
端平年間(1234年~1236年)
端平元年(1234年)六月丙戌、星が西南へ進み太白ほどの大きさで、尾跡が地を明るく照らした。 端平二年(1235年)四月戊子、星が出現し太白ほどの大きさだった。六月庚辰、星が昼に隕ちた。七月丁酉、星が出現し太白ほどの大きさだった。辛丑、星が昼に隕ちた。十月辛卯、星が出現し太白ほどの大きさだった。 端平三年(1236年)五月庚辰、星が心宿に出現し太白ほどの大きさだった。六月癸巳、星が夕方隕ちた。
嘉熙年間(1237年~1240年)
嘉熙元年(1237年)正月壬午、星が出現し太白ほどの大きさだった。二月已丑、星が夕方隕ちた。九月癸丑、星が七公の西に出現し濁るところに入って没した。十月戊戌、星が出現し桃ほどの大きさだった。 嘉熙二年(1238年)四月甲子、七月辛卯、九月乙未、星が出現し太白ほどの大きさだった。六月甲辰、八月癸亥、星が昼に隕ちた。 嘉熙三年(1239年)三月甲戌、星が昼に隕ちた。八月辛丑、星が出現し太白ほどの大きさだった。 嘉熙四年(1240年)正月辛巳、六月戊午、星が出現し太白ほどの大きさだった。二月辛丑、三月癸未、星が昼に隕ちた。
淳祐年間(1241年~1252年)
淳祐元年(1241年)六月癸酉、星が出現し太白ほどの大きさだった。已卯、星が昼に隕ちた。 淳祐三年(1243年)六月甲戌、星が氐宿距星に出現し太白ほどの大きさだった。八月乙卯、星が昼に隕ちた。 淳祐四年(1244年)四月丙子、星が尾宿距星の下に出現し太白ほどの大きさだった。六月乙未、星が畢宿に出現し太白ほどの大きさだった。 淳祐六年(1246年)七月癸酉、星が室宿に出現し太白ほどの大きさだった。九月甲子、星が斗宿に出現し尾跡は青白く地を明るく照らし太白ほどの大きさだった。 淳祐七年(1247年)九月丙辰、星が室宿に出現した。 淳祐八年(1248年)六月甲辰、星が河皷に出現し太白ほどの大きさだった。十月丙辰、星が角宿距星に出現した。 淳祐九年(1249年)六月壬戌、その日、星が南方から急いで流れ濁るところに入って没した(赤黄色、太白ほどの大きさ)。十月壬申、星が織女に出現した。 淳祐十年(1250年)四月丁酉朔、星が夕方隕ちた。 淳祐十一年(1251年)七月丁丑、星が畢宿距星に出現し赤黄色で太白ほどの大きさだった。八月已丑朔、星が夕方隕ちた。 淳祐十二年(1252年)四月庚申、星が角宿・亢宿星に出現し太白ほどの大きさだった。八月癸丑、星が角宿に出現し赤く地を照らした。
寳祐年間(1253年~1258年)
寳祐元年(1253年)四月丁巳、星が出現し太白ほどの大きさだった。 寳祐二年(1254年)七月庚戌、星が出現し太白ほどの大きさだった。 寳祐三年(1255年)七月辛酉、星が出現し太白ほどの大きさだった。十月丁丑、星が畢宿距星に出現した。 寳祐五年(1257年)七月丁卯、星が出現し桃ほどの大きさだった。 寳祐六年(1258年)九月戊辰、雲を透かして星が出現した。
開慶元年(1259年)
六月已亥、星が斗宿・河皷に出現し、東南へ急いで濁るところに入って没した(赤黄色、音と地を明るく照らす尾跡があり太白ほどの大きさ)。
景定年間(1260年~1264年)
景定元年(1260年)七月丙子、星が東南に出現し太白ほどの大きさだった。十月乙卯、星が東北に出現し、太陰に向かって急いで進み、音と地を明るく照らす尾跡があり桃ほどの大きさだった。 景定三年(1262年)四月甲辰、星が出現し盞ほどの大きさだった。六月已酉、星が出現し熒惑ほどの大きさだった。九月丙子、星が出現し太白ほどの大きさだった。閏九月丙戌、雲を透かして星が出現し太白ほどの大きさだった。庚子、星が出現し太白ほどの大きさだった。 景定四年(1263年)五月戊戌、星が角宿距星に出現した。六月丁卯、星が河皷に出現した。八月乙卯、星が天倉に出現した。 景定五年(1264年)二月壬戌、星が畢宿に出現した。五月甲午、星が河皷大星に出現し、西南へ急いで西北まで進んで没した(赤黄色、尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ)。七月已卯、星が右攝提に出現した。
咸淳年間(1266年~1269年)
咸淳二年(1266年)六月甲戌、星が左攝提に出現した。 咸淳三年(1267年)七月庚寅、星が昴宿の東南に出現し、急いで濁るところに入って没した(赤黄色、尾跡が地を明るく照らし太白ほどの大きさ)。 咸淳四年(1268年)七月戊午、星が氐宿距星の西北に出現し、急いで騎官星に入って没した(赤黄色、尾跡が地を明るく照らし桃ほどの大きさ)。 咸淳五年(1269年)五月庚申、星が斗宿距星の東北に出現し、牛宿に向かって濁るところに入って没した。六月庚寅、星が斗宿に出現した。七月壬戌、星が東南の河皷距星の西北に出現し、急いで濁るところに入って没した。
德祐元年(1275年)
四月癸亥、大星が心宿の東北から急いで流れ濁るところに入って没した。
妖星
建隆二年(961年)五月已丑、天狗が西南に墜ちた。紹興十七年(1147年)正月乙亥、妖星が東北方の女宿内に出現し、歳星より小さく光芒は長さ五丈あった。二月丙寅に至って消えた。淳熙十三年(1186年)九月辛亥、星が出現し太白ほどの大きさで、初め赤く後に黄白色となり、尾跡はおよそ二尺で蛇のように曲がりくねり枉矢に似ていた。淳熙十四年(1187年)五月、星が濁るところに出現し、日ほどの大きさで日と摩擦しあいながら入った。嘉定十一年(1218年)五月癸未、蚩尤旗が天を貫いた。端平二年(1235年)春、天狗が懷安金堂縣に墜ち、音は雷のようで三州の人がみな聞き、砕けた石に化しその色は紅かった。咸淳十年(1274年)九月壬寅、星が西方に見え、曲がってミミズのようだった。德祐元年(1275年)二月丁亥、星が二つ中天で闘い、しばらくして一星が墜ちた。
星變
紹興三十一年(1161年)六月戊午、大角星の東北に角が生じた。隆興二年(1164年)九月戊戌、大角の光体が揺れ動いた。十月丙子、弧矢九星のうち矢の一星が偏って西へ向き狼星に向かわなかった。乾道元年(1165年)八月乙巳、大角の光体が揺れ動いた。淳熙元年(1174年)七月辛亥、奎宿に芒が生じた。
雲氣
乾徳三年(965年)七月已卯の夜、西方に蒼白い気が起こり長さ五十丈、天船・五車を貫き井宿にわたった。開寶元年(968年)十月乙未、朝、西北に蒼白い気が三道起こり長さ二十丈、東へ向かって散った。太平興國四年(979年)四月已巳の夜、西北に白気があり北斗を圧した。雍熙三年(986年)正月已未の夜、赤気が城のようだった。雍熙四年(987年)正月癸酉の夜、白気が角宿・亢宿から起こり太微垣を経て軒轅大星まで至り月の傍らで散った。端拱元年(988年)十月壬申、夜明け前、巽の方位に雲があり中天を過ぎ地に連なり濃く潤い、前は赤黄色、後は黒蒼色、先は広く後は大きく、その勢いは截ったようだった。十一月戊午の夜、西北方に赤気が日の脚のように高さ二丈あった。至道二年(996年)二月丙子の夜、西方に蒼白色の気が長短八道、彗星のように掃くように天漢を経て蛇が交わるように参差していた。咸平三年(1000年)十月辛亥、黒気が北斗を貫いた。十二月庚午、黒気が長さ三丈余りで心宿を貫き天市垣に入り帝坐に達し、久しくして散った。咸平四年(1001年)三月丙申、白気が二つ天にわたった。十月辛亥、黒気が北斗を貫いた。咸平五年(1002年)正月、白気が虹のように日を貫き久しくして散った。七月戊戌、白気が陣のように東井を貫いた。咸平六年(1003年)四月已巳、白気が東西に天をわたった。丁丑、白気が日を貫いた。五月辛亥、白気が昴宿から出て東壁まで進んで没した。六月辛未、赤気が出現し天を貫いた。丙子、白気が河皷左右旗から出現し数道に分かれて没した。七月癸卯、白気が彗星のように西南から起こった。景德元年(1004年)三月、白気が軒轅を貫き、蒼白い気十余条が布のように天にわたった。五月乙巳、白気が数道、芒帚のように長さ七尺ほどだった。七月辛亥、黄気が壁宿から出現し長さ五丈余りだった。十一月癸丑、黒気十余道が日を衝いた。景德二年(1005年)正月丙寅、黄白気が月を貫き黒気がこれを環んだ。二月丁丑、白気五道が北斗を貫いた。十月丙子、白気が閣道から出現し東西にちらちらと光った。景德三年(1006年)三月丙辰、北方に赤気が天をわたり白気が月を貫いた。四月癸卯、黄気が柱のように月を貫いた。十月甲午、黒気が北斗魁を貫いた。景德四年(1007年)三月已未、白気が東西に天をわたった。庚申、白気が南方に出現し長さ一丈余り、久しく散らなかった。四月庚午、白気が北斗を貫き長さ十丈あった。庚寅、白気が布のように月を襲い三丈余りだった。甲午、南方に黒気があり心宿を貫き長さ五丈余りだった。十一月已巳、中天に赤気があり掃くように長さ七尺、輿鬼の南にあった。大中祥符九年(1016年)正月癸亥朔、黄気が艮の方位から出現した。丁丑、白気二つが東西に天をわたった。七月、西北方に白雲気が彗箒のように三十余条あった。天禧二年(1018年)九月戊午、黄気が柱のように東南方から起こり長さ五丈余りだった。四月、黄気が柱のように月を貫いた。天禧三年(1019年)四月丁巳、中天に黒気が東西に天をわたった。十二月癸亥、青赤気が太微を貫いた。天禧五年(1021年)二月壬寅、白気が長さ五丈、東井から出て北斗魁及び軒轅を貫いた。同年五月、気が紫微から出現し宮闕の形をなし光は地を照らした。天聖七年(1029年)二月已卯の夜、蒼黒い雲が長さ三十丈で弧矢・翼・軫を貫いた。明道元年(1032年)十月庚子の夜、黄白気五つが紫微垣を貫いた。十二月壬戌、西北に蒼白い気が天をわたった。景祐元年(1034年)八月壬戌、青黄白気が彗星のように長さ七尺余り、張宿・翼宿の上に出現し、三十三日間消えなかった。景祐四年(1037年)七月戊申の夜、黒気が長さ丈余り畢宿の下に出現した。寶元二年(1039年)正月壬子の夜、蒼黒い雲が西北方から起こり長さ三十尺、次第に東南へ進み婁宿・胃宿・昴宿・畢宿を経て、火星・木星と相前後して中天で散った。三月甲寅の夜、細い黒雲が西北方から起こり長さ三十丈、王良及び營室を貫いた。康定元年(1040年)三月丙子の夜、東南方の濁るところ近くに黒色が数丈にわたり幅一尺ほどで横たわり、しばらくして散った。六月壬子、黒気が心宿の西から起こり長さ五十丈、首尾が濁るところに及び久しくして散った。慶暦元年(1041年)八月庚辰の夜、東方に白気があり長さ十尺ほど、星宿の度中にあり十日に至って長さ丈余りとなり天を衝いて星宿大星の南に居り、九十余日で没した。壬午の夜、黒気が西南から起こり長さ七丈、危宿・羽林を貫き濁るところに入り天津に至り、しばらくして散った。癸卯の夜、蒼白い雲が起こり幅二尺ほど、首尾が濁るところに至りしばらくして没した。慶暦二年(1042年)十一月壬申、黒気が北斗柄を貫いた。八月甲申、白雲が北斗を貫いた。慶暦三年(1043年)正月戊戌、中天に白気があり長さ二十丈、西南へ向かい日を貫いた。四月癸卯、白気二つが西北隅から生じ中天に上り首尾が濁るところに至り東南へ進みしばらくして散った。七月戊辰、西南に黒気が生じ長さ三丈余り、天を経て散った。八月壬子の夜、白気が北斗魁を貫いた。慶暦四年(1044年)五月甲子の夜、黒気が東北方の濁るところ近くから起こり長さ五丈余り、しばらくして散った。九月辛巳の夜、中天に気があり長さ二丈余り、巻舌・南河を貫き東北へ少し進んで散った。十一月甲子の夜、蒼白い雲が南方の濁るところ近くから起こり久しくして散った。慶暦八年(1048年)正月丁酉の夜、黒気が生じ首尾が濁るところに及び次第に東へ進み久しくして散った。二月辛卯の夜、西方の濁るところ近くに黒気が生じ長さ三丈、久しくして散った。皇祐四年(1052年)十一月壬寅の夜、黒気が東方に生じ南北で濁るところに至り參宿・軒轅を貫いた。辛酉の夜、白気が北方の濁るところ近くから起こり長さ五丈余り、北斗を経て久しくして散った。治平元年(1064年)六月戊午の夜、蒼白い雲が東北方から起こり長さ一丈余り、畢宿を貫いた。治平二年(1065年)二月乙未の夜、蒼黒い雲が西北方から起こり長さ五丈余り、東井及び北斗を貫き久しくして散った。四月癸巳の夜、蒼黒い雲が西北方から起こり長さ三十尺、西は軒轅大民に至り北は鈎陳に及んだ。丙午の夜、西北方に白気があり次第に東南へ進み首尾が濁るところに至り角宿を貫き西北へ移動し久しくして散った。九月庚申の夜、西北に蒼黒い雲が長さ三丈余り、營室・壁壘陣及び天河を貫いた。治平三年(1066年)六月丁未の夜、東方に蒼白い雲が長さ一丈余り、畢宿を貫いた。治平四年(1067年)二月癸巳の夜、蒼白い雲が南方から起こり長さ三丈幅一尺、南門星を貫いた。三月甲寅の夜、西南方に蒼白い雲二つが起こり長さ三丈幅一尺、互いに二尺離れ、東井・南河を貫き久しくして散った。閏三月辛巳の夜、蒼黒い雲が南方から起こり両首が濁るところに至り幅一尺、尾・箕・斗・牛・庫樓・騎官を貫いた。五月戊寅の夜、蒼黒い雲が北方から起こり長さ三丈幅一尺、紫微垣・王良を貫いた。壬寅の夜、蒼黒い雲が北方から起こり長さ三丈幅一尺、紫微垣を貫いた。甲辰の夜、蒼黒い雲が東方から起こり長さ丈幅一尺、天苑を貫いた。六月癸亥の夜、白雲が東北方から起こり長さ五丈、上は幅広く下は狭く、天船・閣道・傳舍・紫微垣・天棓を貫いた。戊辰の夜、黒雲が北方から起こり長さ三丈幅一尺、北斗・紫微垣・王良を貫いた。八月乙亥の夜、黒気が西北方から起こり長さ丈幅一尺、北斗を貫いた。十月庚申、長い黄気一つが上下に月を貫いた。十一月丙子の夜、蒼黒い雲が南方から起こり長さ五丈幅二尺、東は庫樓、北は南河に至り翼宿を横に貫いた。十二月庚戌の夜、蒼黒い雲が南方から起こり長さ三丈幅二尺、五車・東井・五諸侯を貫いた。
熙寕元年(1068年)正月乙酉の夜、蒼白い雲が西南方から起こり長さ四丈幅一尺、月及び南河・輿鬼・軒轅を貫いた。六月已酉の夜、蒼黒い雲が北方から起こり長さ二丈幅一尺、北斗魁の東を貫き文昌を貫いた。十月庚申の夜、蒼黒い雲が北方から起こり東西両首が濁るところに至り、織女・天棓・紫微垣・北斗魁を貫いた。熙寕二年(1069年)四月甲辰の夜、蒼白い雲が東南方から起こり長さ三丈幅一尺、天市垣を貫いた。六月辛酉の夜、蒼黒い雲が西南方から起こり長さ四丈幅二尺、大角・左右攝提・天市垣・斗・女・牛を貫いた。七月甲申、日の下に五色の雲があった。十一月、毎夕、赤気が西北隅に見え、火のように人定の頃まで続いてから消えた。熙寕三年(1070年)二月庚申の夜、蒼黒い雲が西北方から起こり長さ三丈幅二尺、王良・扶箱・天厨を貫いた。六月已未の夜、蒼黒い雲が西北方から起こり長さ丈幅一尺、五車を貫き、また西北から長さ丈余り起こり北斗魁・文昌を貫いた。熙寕五年(1072年)七月丁亥の夜、白雲が南方から起こり長さ丈、氐・房・心を貫いた。熙寕六年(1073年)五月庚申の夜、蒼黒い雲が東北方から起こり長さ五丈幅二尺、雲雨・閣道を貫いた。熙寕七年(1074年)三月壬子、蒼白い雲が西南方から起こり長さ二丈幅一尺、日を貫き中天を経て白気が帯のようだった。四月壬申の夜、蒼白い雲が北方から起こり長さ五丈幅二尺、北斗魁・鈎陳・王良・閣道を貫き東は奎宿に至った。丙戌の夜、蒼白い雲が西北方から起こり長さ三丈幅一尺、東井・紫微垣・鈎陳を貫いた。六月辛未の夜、蒼黒い雲が天河中に起こり長さ五丈、南北両首が濁るところに至り尾・箕を貫いた。また蒼黒い雲が東方から起こり長さ五丈、羽林・外屏を貫いた。甲戌、蒼白い雲が西方から起こり長さ三丈、軫・角・太微を貫いた。丙戌の夜、蒼白い雲が南方から起こり長さ二丈、危・室・壁及び八魁を貫いた。丁亥の夜、蒼白い雲が東方から起こり長さ二丈、月及び畢・奎・婁・外屏を貫き、また南方から起こり長さ二丈、危・室・壁及び八魁を貫いた。壬辰の夜、蒼白い雲が西南方から起こり長さ二丈、天棓・紫微垣を貫いた。癸巳の夜、蒼黒い雲が東方から起こり長さ五丈、牛・天倉・歳星・太白・巻舌を貫いた。七月庚戌の夜、蒼白い雲が東方から起こり長さ丈余り、參旗及び參を貫いた。熙寕八年(1075年)二月已巳の夜、蒼黒い雲が西方から起こり長さ丈、軫・軒轅を貫いた。乙酉の夜、蒼黒い雲が東方から起こり長さ三丈、心・天市垣列肆・宗人を貫いた。五月壬戌の夜、蒼黒い雲が西南方から起こり長さ二丈、氐・房・心を貫いた。癸亥、蒼黒い雲が西方から起こり長さ三丈、軒轅・太微垣五帝坐を貫いた。十月庚子の夜、黒雲が西北方から起こり長さ三丈、畢・大陵・鈎星を貫いた。熙寕九年(1076年)四月庚寅の夜、白気が東北方から起こり天棓に入り天市垣に入った。辛亥の夜、蒼黒い雲が南方から起こり長さ二丈、庫樓・騎官・積卒・心・尾を貫いた。六月乙未の夜、蒼白い雲が東北方から起こり長さ四丈、室・壁・閣道を貫いた。七月已亥の夜、蒼黒い雲が南方から起こり長さ四丈、軍市・天園を貫いた。十月乙酉の夜、蒼黒い雲が西北方から起こり長さ四丈、北斗・鈎・車府を貫いた。熙寕十年(1077年)六月癸未の夜、蒼黒い雲が南方から起こり長さ三丈幅一尺、龜鼈・天淵を貫いた。乙巳の夜、蒼白い雲が東北方から起こり長さ三丈幅一尺、五車及び畢を貫いた。七月丙子の夜、蒼黒い雲が北方から起こり長さ丈、北斗魁を貫いた。八月庚辰、蒼黒い雲が東北方から起こり長さ二丈、參・井・北河・五諸侯を貫いた。九月庚申の夜、蒼黒い雲が北方から起こり北斗魁杓から紫微垣を貫き天棓に至った。十月辛丑の夜、蒼黒い雲が南方から起こり長さ二丈、鈇鉞・鈇鑕を貫いた。
元豐二年(1079年)四月戊申の夜、白雲が南方から起こり長さ三丈、庫樓・積卒・龍尾を貫いた。辛亥の夜、蒼白い雲が南方から起こり長さ三丈、房を貫いた。元豐五年(1082年)四月壬申の夜、蒼白い雲が北方から起こり長さ二丈、太微垣から出て五帝坐・常陳を貫いた。元豐八年(1085年)十月庚申の夜、蒼黒い雲が北方に生じ長さ三丈幅一尺、北斗・文昌・天槍を貫いた。元祐三年(1088年)七月戊辰の夜、東北方の濁るところ近くに光が地を明るく照らし、月が出ようとするようで、西北に偏って白気が天を経た。九月已酉の夜、赤気が北方から起こり次第に白気数道が生じた。紹聖二年(1095年)十一月、桂陽監に慶雲が現れた。元符二年(1099年)九月戊辰の夜、赤気が北方紫微垣北斗星の東南から起こり、次いで白気十道が現れ各々の長さ五尺だった。崇寧元年(1102年)十一月已酉、赤気が日に随って没した。崇寧二年(1103年)五月戊子の夜、蒼白い雲が東南方から起こり長さ三丈、尾・箕・斗を貫いた。政和元年(1111年)十一月甲戌の夜、蒼白い気が紫微垣から起こり四輔を貫いた。政和五年(1115年)四月庚子、白雲が北から真っ直ぐ中天に達し、次第に五色となり華盖のようだった。政和七年(1117年)五月乙卯の夜、赤雲・白気が東北方から起こった。宣和元年(1119年)六月辛巳の夜、赤気が北方から起こり半天に及び火のようだった。七月戊午の夜、赤雲が東北方から起こり白気三十余道を貫いた。宣和二年(1120年)二月戊戌の夜、赤雲が東北から起こり次第に西北へ向かい紫微垣に入った。宣和三年(1121年)九月壬午の夜、蒼白い気が長さ三丈、月を貫いた。宣和四年(1122年)九月丁丑、西方の日の下に赤気があった。宣和七年(1125年)四月壬子の夜、赤雲が紫微垣に入った。靖康元年(1126年)正月丁丑の夜、赤白い気が西方から起こった。九月戊寅、赤気が日に随って出た。九月乙未、西方の日の下に赤気があった。十一月乙丑、日の下に赤気があった。閏十一月丁酉、赤気が天をわたった。靖康二年(1127年)正月已亥の夜、西北の陰雲の中に火光があり長さ二丈余り幅数尺、時々見えた。二月壬午の夜、白気が虹のように南から北へわたり、次第に西南から東北へ移った。三月戊子の夜、白気が斗宿を貫いた。建炎元年(1127年)八月壬申、東北に赤気があった。建炎四年(1130年)五月壬子、赤雲が天をわたり中に白気十余道があり練のように貫き、紫微から起こり北斗及び文昌を犯し東南へ向かって散った。紹興元年(1131年)二月已巳、白気が天をわたった。紹興七年(1137年)正月辛未の夜、東北に赤気があり火のように紫微宮から出た。二月癸卯、また同様だった。十一月癸卯、赤雲が火のようで日に随って入った。紹興八年(1138年)九月甲申朔の夜、赤気が火のように紫微垣内から出た。紹興十八年(1148年)八月丁亥、西北方に赤気が火のようだった。紹興二十七年(1157年)二月乙酉、赤気が紫微垣から出た。十月壬寅、赤気が日に随って出た。紹興三十年(1160年)正月壬申、東北方に赤気一帯が五処に火影のようだった。十一月甲午、西南方に白気が尾宿から壁・婁・昴宿にわたった。十二月戊申、その夜、白気が尾宿から出て心・房・氐・亢・角を経て天市に入り太微を貫き郎位に至って止まり、天漢のようだった。紹興三十一年(1161年)十二月辛丑、その夜、白気が斗宿から出て牛・女・危を経て婁に至って止まり、危宿を広さ六丈にわたり天漢のように東西に天をわたった。隆興元年(1163年)十二月壬午、その夜、白気が危宿から出て室・壁・奎・胃・婁を経て昴に至って止まった。隆興二年(1164年)十一月庚寅、その日、赤い雲気が天に遍く日に随って入った。乾道元年(1165年)正月庚午、その夜、白気が奎宿から出て次第に上り婁・胃・昴を経て畢を貫き參宿内に入って止まった。三月戊辰、その夜、白気が參宿から角宿に至って止まり天漢と相接し、広さおよそ七丈だった。四月丁酉、その夜、蒼白い気が西北から次第に上り東北へ天市垣に入った。辛丑、北斗魁の中及び文昌星に入った。乙巳、紫微垣内に入り北極天樞の中に至った。十月已丑、蒼白い雲気が長さ二丈、翼宿を貫いて入った。十一月丙寅、白気が女宿から出て虚・危・室・壁・奎・婁・胃宿を経て昴宿に入って止まった。乾道二年(1166年)十二月庚子、白気が天をわたった。乾道六年(1170年)十月庚午、赤気が日に随って出た。十一月丁丑、赤気が日に随って入った。乾道七年(1171年)七月壬寅、赤気が日に随って入った。十月已未、赤気が日に随って出た。乾道八年(1172年)十月乙巳、赤気が日に随って入った。丙午、日に随って出た。乾道九年(1173年)十月壬申、その日、矞雲が見えた。淳熙元年(1174年)十月戊寅、東北方に曲がった虹が生じた。淳熙三年(1176年)八月丁酉、赤気が日に随って入った。戊戌、日に随って出た。淳熙五年(1178年)十月丁巳、曲がった虹が生じた。淳熙十年(1183年)正月戊子、西南に天漢のような白気があり明るく南北の広さ六丈、東西に天をわたった。淳熙十四年(1187年)十一月甲寅、赤気が日に随って入った。紹熙四年(1193年)十一月甲戌の夜、赤雲・白気が見えた。紹熙五年(1194年)六月壬寅、白気が帯のように天をわたった。已酉、また同様だった。慶元四年(1198年)八月庚辰、白気が帯のように天をわたった。慶元五年(1199年)二月癸酉の夜、白気が帯のように天をわたった。八月癸亥、また同様だった。嘉泰四年(1204年)二月庚申、赤気が天をわたった。十一月壬申、その日、白気が帯のように天をわたった。癸酉、虹が見えた。嘉定六年(1213年)十月乙卯、赤気が日に随って出た。十一月辛卯、日に随って入った。嘉熙四年(1240年)二月丙辰、白気が天をわたった。淳祐二年(1242年)二月癸丑朔、白気が天をわたった。淳祐十年(1250年)十一月丁丑、虹が見えた。景定三年(1262年)七月甲申の夜、白気が布のように天をわたった。