宋書卷二十二 志第十二 樂四
漢鼙舞歌五篇・魏鼙舞歌五篇
漢の鼙舞歌は「關東有賢女」「章和二年中」「樂乆長」「四方皇」「殿前生桂樹」の五篇、魏の鼙舞歌は「明明魏皇帝」「太和有聖帝」「魏厯長」「天生烝民」「為君既不易」の五篇で、いずれも題のみが伝わり歌辞は失われている。
魏陳思王鼙舞歌五篇(曹植作)
魏の陳思王曹植が、漢の鼙舞歌の曲調にあわせて新たに作った五篇。
聖皇篇(漢「章和二年中」に相当)
聖皇(魏文帝曹丕)が暦数に応じ帝位につき、王朝の威徳が八方に及んだことを述べたのち、詔により諸侯王が各々の封国へ赴くことを命じられる場面を詠う。曹植ら諸王が皇太后・文帝のもとを辞去する際、莫大な銭帛・車服・龍旗などの賜物を受けたことを具体的に列挙し、魏の東門で見送りを受けて涙する骨肉の情を描く。乱曰では、聖皇の治世四海に及び、庠序が備わり孝悌の家風が広まったことを頌える。
靈芝篇(漢「殿前生桂樹」に相当)
霊芝・朱草などの瑞祥から説き起こし、虞舜・曾參(伯瑜)・丁蘭・董永ら孝行で知られる者たちの故事を列挙して孝道を称える。末尾では亡き父を偲び「蓼莪」の詩を詠じて涙する情を述べる。
大魏篇(漢「吉昌」に相当)
魏が天命の符を受け国運が盛んになったこと、宮中に瑞祥(黄鵠・神鼎・玉馬・芝蓋・白虎・舎利・騏驎・鳳凰など)が相次いで現れたことを列挙し、豊年の宴で君臣が礼を尽くして楽しみ、皇嗣が繁栄し百官が富み栄える様を頌える。
精微篇(漢「闗中有賢女」に相当)
至誠が天地を動かす例として、杞梁の妻・荊軻(子丹)・鄒衍(鄒羨)の故事を引いたのち、父の仇を討った蘇來卿(関東の賢女)、緹縈が父の肉刑を救った故事(漢文帝がこれに感じて肉刑を廃した)、簡子の渡河に際し津吏の娘女娟が父に代わって罪を引き受け簡子に嫁いだ故事を詳しく述べ、女性の義烈を頌える。
孟冬篇(漢「狡兎」に相当)
孟冬十月、天子が武官を統べて田猟の礼を行う様を描く。旗鼓・騎馬の盛儀、韓盧・宋鵲などの猟犬、都盧・慶忌・孟賁のごとき勇士の活躍を列挙し、獲物が車に満ちるまでの狩りの盛んさを詠う。乱曰では、聖皇が獲物を並べて論功行賞を行い、大官が酒肉を賜り、羽校(禁軍)に功を収め、天下泰平が末永く続くことを祝う。
(右の五篇は鼙舞歌行)
晉鼙舞歌五篇
晋の傅玄らが魏の鼙舞歌の曲調に倣って作った五篇。
洪業篇(魏「明明魏皇帝」に相当。古曲「闗東有賢女」)
宣帝(司馬懿)が洪業を創め、聖皇(武帝司馬炎)が霊符に応じて天命を受け四海に君臨したことを述べる。堯舜の禅譲に比し、稷契・伊呂のような賢臣が朝に列し、倹約を尚び万機が整然と治まる治世を頌える。
天命篇(魏「太和有聖帝」に相当。古曲「章和二年中」)
聖祖(司馬懿)が天命を受け魏を輔けたこと、諸葛亮の北伐を退け、曹爽の専横を誅したことなどを述べ、黄華・王淩らの謀反も先んじて禍を除いたと詠う。
景皇帝(篇。魏「魏厯長」に相当。古曲「樂乆長」)
景皇帝(司馬師)の聡明な資質を述べ、夏侯玄・張緝・李豊らの謀反(三凶)を誅したこと、毌丘倹・文欽の乱を項城・沙陽陂の戦いで平定したことを詳しく歌う。
大晉篇(魏「天生烝民」に相当。古曲「四方皇」)
大晋の文武の徳を称え、毌丘倹・文欽の乱の平定、蜀漢・呉の帰服(蜀の降伏、呉の来朝)を述べ、五等の封建の制を復したことなど武帝の事績を頌える。
明君篇(魏「為君既不易」に相当。古曲「殿前生桂樹」)
明君が四海を治め賞罰を明らかにすることの難しさを説き、忠臣が讒言によって退けられる悲哀と、暗君に阿る奸臣の姿を対比して戒めとする。
(右の五篇は鼙舞歌行)
鐸舞歌詩二篇
聖人制禮樂篇
声辞が入り混じり文字の訛謬が甚だしく、内容を解読することができない。
雲門篇(魏の太和年間の鐸舞歌)
黄帝の雲門・唐堯の咸池・虞舜の韶舞・夏の夏・殷の濩など歴代の楽を挙げ、鐸を振り金を鳴らして舞う鐸舞の由来を述べ、音楽が徳礼を助け風俗を移す効用を詠う。
(右の二篇は鐸舞歌行)
拂舞歌詩五篇
白鳩篇
白鳩・白雀が飛来し瑞祥を示す様を詠い、君恩に応えようとする臣下の忠誠と、琴瑟を弾じ自ら楽しむ心境を述べる。
濟濟篇
過ぎゆく時を惜しみ、飲酒に興じて憂いを忘れようとする心情を詠う。
獨祿篇
水深く泥濁る中で孤雁を思う心情に寄せ、父の仇を報いていない身の上を嘆く(猛虎が山中で人を襲う比喩を交える)。
碣石篇
曹操の「歩出夏門行」(碣石篇・冬十月篇・土不同篇・亀雖寿篇)をほぼそのまま拂舞の歌辞に用いたもの。滄海を望む雄大な景と、老驥伏櫪の志を詠う。
淮南王篇
淮南王が高楼に住み、黄鵠と化して故郷に帰ることを願う幻想的な歌。
(右の五篇は拂舞行)
柸槃舞歌詩一篇
晋の代の泰平を寿ぎ、盃と盤を用いて舞う楽しみ、酒宴の歓びと長寿への願いを詠う。
(右は柸槃舞歌行)
巾舞歌詩一篇(公莫舞)
声辞が錯雑し、文字の多くが訛伝したもので、内容の大半は解読できない。項荘が剣を舞わせ項伯が「公莫(きみ、してはならぬ)」と制した故事に由来するとされる。
(右は公莫巾舞歌行)
白紵舞歌詩三篇
白い紵(麻布)の衣を翻して舞う姿の美しさを詠う三篇。両手を高く挙げて白鵠が翔ぶさまに舞を喩え、宋の代が栄えることを寿ぐ一篇、双袂を挙げて鸞鳳の舞に喩え人生の短さと今を楽しむべきことを説く一篇、陽春の花に囲まれた舞の華やかさと明君が世を治める喜びを詠う一篇からなる(旧辞と新辞を合わせて三篇とする)。
宋泰始歌舞曲詞
宋の泰始年間に作られた歌舞曲群。
- 皇業頌(明帝造)――堯から楚元王を経て高祖劉裕に至るまで、代々徳を積んで宋の帝業が興ったことを頌える。
- 聖祖頌――高祖の高徳と晋に代わって基業を建てたこと、文帝(義隆)の孝建の治績を頌える。
- 明君大雅(虞龢造)――明帝が乱を治め、九伐・七徳の武功と文教とをもって天下を安んじたことを頌える。
- 通國風(明帝造)――宋の諸勲臣(景王・南康・左軍・丞相・沈慶之・柳元景・宗慤ら)の泰始年間の勲功を列挙し、乱を平定した功を頌える。
- 天符頌(明帝造)――天符が革まり英主が世に出た瑞祥を頌える。
- 明徳頌(明帝造)――山鼎・醴液・鵷雛・騶虞などの瑞祥を挙げ、明帝の徳教を頌える。
- 帝圖頌――甘露・花雪などの瑞祥と孝徳を頌える。
- 龍躍大雅――璽・江波・石栢・白烏・嘉穟・連理など、宋の興隆に伴う瑞祥を列挙する。
- 淮祥風――淮水一帯に賢才が生まれ中興を助け太平を致したことを頌える。
- 宋世大雅(虞龢造)――泰始の世の泰平と、万国朝賀の宴を頌える。
- 治兵大雅(明帝造)――王命による用兵が戦わずして服させる(有征無戦)ものであったことを頌える。
- 白紵篇大雅(明帝造)――志が言となり詩となる音楽の本義を説き、舞楽が風俗を移し礼楽を成す様、宴における舞人の華麗な装いを詠う。
漢鼓吹鐃歌十八曲
漢代の鼓吹曲で、軍中で用いられた鐃歌十八曲。声辞が混じり合い文字の訛謬が甚だしく、多くは意味を解しがたい。曲名は次のとおり:朱鷺・思悲翁・艾如張・上之囘・翁離・戰城南・巫山髙・上陵・將進酒・君馬黄・芳樹・有所思・雉子・聖人出・上邪・臨髙臺・逺如期・石留の十八曲。「上邪」曲に「我欲與君相知、長命無絶衰。山無陵、江水為竭、冬雷震震夏雨雪、天地合、乃敢與君絶」とあるなど、なお男女の誓いや軍旅・宴楽の情景を詠うものが含まれる。
魏鼓吹曲十二篇(繆襲造)
魏の繆襲が、漢の鼓吹鐃歌十八曲のうち十二曲の曲調にあわせて、魏の事績を歌う新辞を作ったもの。
- 初之平(漢「朱鷺」に相当。魏を言う)――後漢末、桓帝・霊帝の代に宦官が専横し群雄が争い、辺章・韓遂が金城で乱を起こし中国が乱れたが、武皇(曹操)が旗を挙げて天下を平定し、礼楽・紀綱を興したことを詠う。
- 戰滎陽(漢「思悲翁」に相当。曹公を言う)――曹操が汴水のほとり滎陽で戦い、二万騎を破られながらも中牟を頼みに耐え、諸将の疑いを解いて万国を安んじたことを詠う。
- 獲呂布(漢「艾如張」に相当)――曹操が東の臨淮を囲み、呂布を生け捕り陳宮を戮して天下を掌中に収めたことを詠う。
- 克官渡(漢「上之囘」に相当)――曹操が袁紹と官渡で戦い、白馬から転戦して苦戦の末に土山・地道の計を用いて大勝し、冀州方面に威を震わせたことを詠う。
- 舊邦(漢「翁離」に相当)――曹操が官渡で袁紹を破ったのち譙に帰り、戦没した士卒の親戚を捜して廟を立て弔ったことを詠う。
- 定武功(漢「戰城南」に相当)――曹操が黄河を渡り、袁氏兄弟の内訌に乗じて漳水を決壊させ、ついに鄴城を抜いて魏国の基を開いたことを詠う。
- 屠柳城(漢「巫山髙」に相当)――曹操が塞外を越えて白檀を経、三郡烏桓を柳城で破り、北方の患いを永く除いたことを詠う。
- 平南荆(漢「上陵」に相当)――曹操が荊州を南征し、劉琮が襄陽を挙げて降り樊城の劉備軍を破ったこと、荊州の民が大魏の臣となったことを詠う。
- 平關中(漢「將進酒」に相当)――曹操が馬超を破り関中を平定したことを詠う。
- 應帝期(漢「有所思」に相当。魏文帝が聖徳をもって天命に応じたことを言う)――曹丕が許昌で受禅し、星辰・河洛の符瑞に応じ、麒麟・黄龍・白虎・鳳凰が現れたことなど、堯舜の禅譲に比して頌える。
- 邕熙(漢「芳樹」に相当。魏の君臣が睦まじく庶績が栄えたことを言う)――君臣が徳を合わせ天下が治まり、瑞宝を得て頌声が起こったことを詠う。
- 太和(漢「上邪」に相当。魏明帝が太和と改元し徳沢が広まったことを言う)――太和元年、明帝が即位して以来、蝗害が絶え、雨露が時に応じ五穀が豊かに実り、獄訟が公正に裁かれる太平の世を詠う。
晉鼓吹歌曲二十二篇(傅玄作)
晋の傅玄が、魏の鼓吹曲の曲調にあわせて司馬氏一族の事績を歌う新辞を作ったもの。
- 靈之祥――宣帝(司馬懿)が魏を輔けたことを、虞舜が堯に仕えたことに比し、石瑞の兆しと孟達(孟氏)の反逆を討った武功を詠う。
- 宣受命(古「思悲翁」の調)――宣帝が諸葛亮の北伐に対し雍涼を守り威を養い、亮がついに病没したことを詠う。
- 征遼東(古「艾而張」の調)――宣帝が海を越えて遼東の公孫淵を討ち滅ぼし、その首を梟したことを詠う。
- 宣輔政(古「上之囘」の調)――宣帝が聖道深遠にして乱を正し、文武の才を網羅して二儀の秩序を定めたことを詠う。
- 時運多(古「翁離」の調)――宣帝が呉を討ち、戦わずして威を東方に震わせたこと(有征無戦)を詠う。
- 景龍飛――景帝(司馬師)が明察をもって天威を統べ、四海の帰服を得たことを詠う。
- 平玉衡(古「巫山髙」の調)――景帝が万国の風俗を一にし、賢士を礼遇して洪業を纂いだことを詠う。
- 文皇統百揆(古「上陵」の調)――文帝(司馬昭)が百揆を統べ、四方に武将を鎮め太平の化を敷いたことを詠う。
- 因時運(古「將進酒」の調)――文帝が時運に因り策謀を巡らせ、諸葛誕らの叛乱(長蛇・群桀の交わりを解く)を平定したことを詠う。
- 惟庸蜀(古「有所思」の調)――文帝が蜀漢を平定し(劉禅の降伏、姜維の乱に至るまで)、のち五等の封建の制を復したことを詠う。
- 天序(古「芳樹」の調)――聖皇(武帝司馬炎)が暦数に応じて禅を受け、大化を弘め賢才を用いたことを詠う。
- 大晉承運期(古「上邪」の調)――大晋が運期を承け、聖皇が籙図に応じて徳を敷いたことを詠う。
- 金靈運(古「君馬黄」の調)――聖皇が即位して魏の禅を受け、宗廟を敬い孝道を天下に施したことを詠う。
- 於穆我皇――聖皇が受命し徳が神明に合したこと、天下が治まり嘉瑞が相次いだことを頌える。
- 仲春振旅(古「聖人出」の調)――大晋が春に軍を整え文武の教えを時に応じて行うことを詠う(春の田猟の礼)。
- 夏苗田(古「臨髙臺」の調)――夏に苗田(害獣を除く田猟)を行う礼を詠う。
- 仲秋獮田(古「逺期」の調)――秋に獮田(殺伐の礼を伴う田猟)を行う礼を詠う。
- 從天道(古「石留」の調)――仲冬に大閲(武を脩める閲兵)を行い、晋の徳が天に配することを詠う。
- 唐堯(古「務成」の調、古曲は亡ぶ)――聖皇の即位を唐堯の徳に比し、その徳化が四表に及んだことを詠う。
- 𤣥雲(古「𤣥雲」の調、古曲は亡ぶ)――聖皇が人材を各々その才に応じて用いたことを、殷湯が伊尹を、周文王が呂望を得た故事に比す。
- 伯益(古「黄爵」の調、古曲は亡ぶ)――赤烏が書を銜えて周に現れた故事に比し、聖皇の代に神雀(黄雀)が現れたことを詠う。
- 釣竿(古「釣竿」の調。漢の鐃歌二十三曲に釣竿はなし)――聖皇の徳が堯舜に配し、太公望のごとき賢佐を得て大功を成したことを詠い、蚩尤・黄帝以来の治乱の推移を述べたのち、聖皇が舜の禅を受けて天祥を享けたことを頌える。
呉鼓吹曲十二篇(韋昭造)
呉の韋昭が、漢の鼓吹鐃歌十八曲のうち十二曲の曲調にあわせて、孫氏一族の事績を歌う新辞を作ったもの。
- 炎精缺(漢「朱鷺」に相当)――漢室の衰運の中、武烈皇帝(孫堅)が挙兵し、張角の乱を破り辺章・韓遂を服させ、宛・潁を平定して呉の王迹を開いたことを詠う。
- 漢之季(漢「思悲翁」に相当)――董卓の乱に際し孫堅が義兵を興し、漢の主(献帝)を救おうとしたことを詠う。
- 攄武師(漢「艾如張」に相当。大皇帝=孫権の武功を言う)――孫権が武烈の業を継ぎ、黄祖を斬り凶族を平らげて西方を平定したことを詠う。
- 烏林(漢「上之囘」に相当)――曹操が柳城を抜き荊州を平らげて南下し勝ちに乗じて攻め寄せたのを、大皇帝が周瑜・程普らを将として烏林で迎え撃ち破ったことを詠う。
- 秋風(漢「翁離」に相当。大皇帝が民を説き死を忘れさせたことを言う)――辺境防衛にあたる戦士の心情と、功名を立てんとする志を詠う。
- 克皖城(漢「戰城南」に相当)――曹操が朱光を廬江太守として皖城に置いたのを、孫権が親征してこれを破ったことを詠う。
- 關背徳(漢「巫山髙」に相当)――蜀将関羽が呉との盟約に背いて樊・襄陽を囲んだため、大皇帝が呂蒙を用いて長江を渡らせ、これを討って首を得たことを詠う。
- 通荆門(漢「上陵」に相当)――大皇帝と蜀漢とが盟を結びながら関羽の一件で疑いを生じたが、のちに再び和親を修復したことを詠う。
- 章洪徳(漢「將進酒」に相当)――大皇帝の威徳が遠方に及び、南方の異民族や越裳・扶南までもが朝貢したことを詠う。
- 從厯數(漢「有所思」に相当)――大皇帝が籙図の符に従って皇帝の号を建てたことを詠う。
- 承天命(漢「芳樹」に相当)――大皇帝が聖徳をもって即位し、徳化が至って盛んであったことを詠う(巨石が立ち、九穂の稲が実り、龍の鱗をもつ金が現れたなどの瑞祥を列挙する)。
- 𤣥化(漢「上邪」に相当)――大皇帝が文武を修め天に則って仁政を行い、恩沢が天下に行き渡り喜び楽しむさまを詠う。
今鼔吹鐃歌詞
楽人が口伝えに音声のみを伝えてきたもので、詞義は伝わらず解読できない。「上邪」の調に四解、「晩芝」(漢の「逺期」に相当するかという)の調に九解、「艾張」の調に三解、いずれも意味の通じない声辞から成る。
鼓吹鐃歌十五篇(何承天 義熙年間に私に造る)
東晋の何承天が、義熙年間(東晋末、劉裕が政を執った時期)に私的に作った鐃歌十五篇。
- 朱路篇――軍容の盛んな様と、鐃歌を奏でつつ士気を励ます詞。
- 思悲公篇――周公が管叔・蔡叔の乱(二叔の流言)を平定し成王を輔けて礼楽を興し、頌声を招いたことを詠い、当代の君主を周公に擬える。
- 雝離篇――荊・雍方面に叛意が生じたのに対し、上宰(政を執る大臣)が九伐の師を興して速やかに平定し、江漢の地に美化が及んだことを詠う。
- 戰城南篇――軍勢の激しい戦いと、勝利ののち凱歌を奏でて都に凱旋する様を詠う。
- 巫山髙篇――蜀方面で李氏(譙縦)が天命を僭窃した叛乱を、宣武(威武の将)が討ち平らげ、その首を京師に伝えたことを詠う。
- 上陵者篇――行楽に出た人々の華やいだ様子から、時の移ろいと死生の理へと転じ、今日を楽しむべきことを説く。
- 將進酒篇――節句の宴の礼を尽くす様と、酒に溺れて身を誤ることへの戒めを併せ詠う。
- 君馬篇――駿馬の姿を描きつつ、それを私利のために酷使することの非を説き、疲弊した民と肥え太った厩馬とを対比して為政を戒める。
- 芳樹篇――北庭に咲く芳樹に寄せ、佳人の閨怨を詠う。
- 有所思篇――曾參・閔子騫の孝、孟子(鄒孟軻)の廉節の故事を引き、幼くして父母を失った己の身の上を重ねて詠う。
- 雉子遊原澤篇――俗世を離れた隠者の志と、功名栄辱の空しさを詠う。
- 上邪篇――為政の道を説き、秦の李斯の苛法による滅亡と、漢宣帝・魏の武帝(曹操)の中興の故事を引いて、治世には時に応じた改革が必要であることを説く。
- 臨髙臺篇――仙界に遊ぶ幻想と、結局は人の世に帰り忠義を尽くすことを願う心情を詠う。
- 逺期篇――遠方より客を迎えて開く盛大な宴の礼と音楽を詠う。
- 石流篇――川の流れに時の推移を託し、志半ばで年老いることを嘆きつつも、太平の世に遇えたことを喜び、心安らかにあることを詠う。
篇末の注記
「聖人制禮樂」一篇と「巾舞歌」一篇は、景袧「廣樂記」によれば文字に訛謬が多く、声辞が入り混じっているという。また宋の鼓吹鐃歌辞四篇は、旧史に「詁するも解すべからず」とあり、漢の鼓吹鐃歌十八篇も「古今樂錄」によればいずれも声辞が艶(衍字)に入り混じり、もはや分別することができないという。