周書卷四十五 列傳第三十七 沈重

沈重

  • 沈重、字は徳厚。呉興武康の人。聡悟で幼くして孤児となり喪に服し儒学に専心、詩・礼・左氏春秋に明るかった。梁大通三年王国常侍から起家、大同二年五経博士、梁元帝に見出され、江陵平定後は梁主蕭詧に仕え中書侍郎・中書舎人・員外散騎侍郎・廷尉卿・江陵令・通直散騎常侍・都官尚書・羽林監、詧の命で合歡殿にて周礼を講じた。髙祖(宇文邕)はその学識を慕い宣納上士栁裘を梁に遣わし手厚い書を送って招聘、蕭詧の許しを得て保定末入京、五経を討論し鐘律を校定、天和中紫極殿で三教義を講じ聴衆二千余人に及んだ。六年驃騎大将軍・開府儀同三司・露門博士、皇太子に露門館で講義。建德末帰梁を願い出て髙祖は「戀本」の情を嘉しつつ許し、小司門上士楊注が送り、梁主蕭巋は散騎常侍・太常卿に任じた。大象二年再び来朝、開皇三年八十四歳で卒し隋文帝が使持節・上開府儀同三司・許州刺史を追贈。陰陽図緯・道経釈典にも通じ多くの著述を残し、周礼義・儀礼義・礼記義・毛詩義・喪服経義・周礼音・儀礼音・礼記音・毛詩音などが世に行われた。