周書卷四十四 列傳第三十六 席固

席固

  • 席固、字は子堅。安定の人。高祖の衡が後秦の乱で襄陽に寓居し東晋に仕え建威将軍、以後襄陽の著姓。固は若くして遠志あり内明敏外質朴、梁大同中齊興郡守、侯景の乱で梁が乱れる中郡職にとどまり士を集め親兵千余人を擁した。梁元帝の江陵即位で興州刺史に転じ軍民五千余人が慕い従い、一州に自立する野心もあったが西魏の討伐を恐れ内属を図り、腹心に「梁の失政と骨肉相残の中、宇文丞相の覇業に帰したい」と決意を語り、魏大統十六年内附。太祖は南下し江陵・蜀を狙う中固の帰附を厚遇し使持節・驃騎大将軍・開府儀同三司・大都督・侍中・豐州刺史・新豐県公・食邑二千戸、後湖州刺史。朝謁の機会を得ず不安を覚え入覲を願い許され、太祖の歓待を受け静安郡公・食邑三千三百戸に進み、昌歸憲三州諸軍事・昌州刺史。孝友の家風で州里に称され、保定四年六十一歳で州にて卒し大将軍・襄唐豐郢復五州刺史・諡肅を追贈、墓田を賜与。子の世雅が嗣いだ。

席世雅

  • 席世雅、字は産文。方正な性格で孝行で知られた。固の功により車騎大将軍・儀同三司から起家、贊城郡守、開府儀同三司・順直二州刺史を歴任、大象末大将軍に至った。弟の世英も固の功で儀同三司から上開府儀同大将軍に至った。