周書卷三十三 列傳第二十五 王慶
王慶
- 王慶、字は興慶。太原祁の人。父の因は魏霊州刺史・懐徳県公。開悟で才略に富み、文帝の征伐・弘農復帰・沙苑の戦功で殿中将軍。孝閔践阼で晋公護に典籤として引かれ枢機に明るく親任された。大都督、武成元年始安県男。保定二年吐谷渾との分疆交渉、和好を取り持った。突厥との婚約に対し斉が財貨で介入し突厥が動揺する中、魏氏と蠕蠕の故事に鑑み再度朝廷から使者を送ることになり、王慶は左武伯として楊荐の副使となり突厥との交渉を担い、太原まで進軍しつつ帰還。皇姑・世母の返還交渉が成立する過程でも突厥の疑心を解くため再び赴いた。天和五年、宇文貴の突厥への逆女に随行、以後突厥への信頼が厚く、可汗急逝時の弔問の礼を正しく行うか問われた際「二国和親の今、行うべし」と主張し貫いた。武帝はこれを嘉し開府儀同三司・兵部大夫、公に進爵、丹中二州刺史として厳格な治績。大象元年小司徒・上大将軍、汾石二州五鎮諸軍事・汾州刺史、延州総管、柱国。開皇元年平昌郡公に進爵し鎮で卒し、上柱国・諡莊を贈られ子の淹が嗣いだ。