春秋左傳事類始末左右句卒(陣形)(左右句卒)

魯哀公十七年(前478年)、越が呉を伐ち、左右句卒の陣形と三軍のひそかな渡河による奇襲で呉の中軍を大破したことを述べる1件のみの記事。史論はない。

年表(1件)

魯哀公十七年(前478年)

  • 越が呉を伐ち、川を挟んで対陣した。越子は左右句卒(鉤形に連なる隊列を左右それぞれに分屯させたもの)を編成し、夜、左右いずれかから太鼓を打ち鳴らして進ませた。呉は軍を分けてこれに応じたが、越子は三軍をひそかに渡河させて呉の中軍を強襲し、大いにこれを破った。