春秋左傳事類始末城築(城十八・外城三・内城二十五・築六)(城築)

『春秋』に記された魯の城郭・台の造営記事を、魯隱公七年(前716年)の中丘築城から魯哀公六年(前489年)の邾瑕築城まで年代順に列挙する。内外の邑への築城と台の造営が中心で、史論はない。

年表(30件)
  • 原題の注記によれば、記事の内訳は城(内外の邑を城く)18件(うち外城3件・内城15件)と築(台などを築く)6件などとされる。

魯隱公七年(前716年)

  • 夏、中丘に城を築いた。

魯隱公九年(前714年)

  • 夏、郎に城を築いた。

魯桓公五年(前707年)

  • 夏、祝丘に城を築いた。

魯桓公十六年(前696年)

  • 冬、向に城を築いた。

魯莊公二十八年(前666年)

  • 冬、郿に台を築いた。

魯莊公二十九年(前665年)

  • 冬12月、諸と防に城を築いた。

魯莊公三十一年(前663年)

  • 春、郎に台を築いた。夏4月、薛に台を築いた。秋、秦に台を築いた。

魯莊公三十二年(前662年)

  • 春、小榖に城を築いた。

魯僖公元年(前659年)

  • 夏6月、斉・宋・曹が邢に城を築いた。

魯僖公二年(前658年)

  • 正月、楚丘に城を築いた。

魯僖公十四年(前646年)

  • 春、諸侯が縁陵に城を築いた。

魯文公七年(前620年)

  • 3月、郚に城を築いた。

魯文公十二年(前615年)

  • 12月、諸と鄆に城を築いた。

魯宣公八年(前601年)

  • 10月、平陽に城を築いた。

魯成公四年(前587年)

  • 冬、鄆に城を築いた。

魯成公九年(前582年)

  • 11月、中城を築いた。

魯成公十八年(前573年)

  • 秋8月、鹿囿を築いた。

魯襄公二年(前571年)

  • 冬、諸侯が虎牢に城を築いた。

魯襄公七年(前566年)

  • 夏4月、費に城を築いた。

魯襄公十三年(前560年)

  • 冬、防に城を築いた。

魯襄公十五年(前558年)

  • 夏、成郛に城を築いた。

魯襄公十九年(前554年)

  • 冬、西郛に城を築いた。武城にも城を築いた。

魯昭公九年(前533年)

  • 冬、郎囿に台を築いた。

魯昭公三十二年(前510年)

  • 冬、諸侯が成周に城を築いた。

魯定公六年(前504年)

  • 冬、中城に城を築いた。

魯定公十四年(前496年)

  • 秋、莒父と霄に城を築いた。

魯定公十五年(前495年)

  • 冬、漆に城を築いた。

魯哀公三年(前492年)

  • 夏5月、啓陽に城を築いた。

魯哀公四年(前491年)

  • 夏、西郛に城を築いた。

魯哀公五年(前490年)

  • 春、毗に城を築いた。

魯哀公六年(前489年)

  • 春、邾瑕に城を築いた。

左氏による補足(経文に見えないもの)

  • 左伝には、隠公元年夏に郎に城を築き、冬に南門を新造したことも記されているが、経文には見えない。