春秋左傳事類始末火災十二回(火一・災十一)(火災十二)
『春秋』に記された火災十二件を、桓公十四年(前698年)から哀公四年(前491年)まで207年間にわたり年代順に列挙する。宮殿・宗廟から諸侯国まで対象は多岐にわたり、史論は付されない。
年表(12件)
- 桓公十四年前698年御廩(穀物倉)が火災に遭った
- 莊公二十年前674年斉で大火災があった
- 僖公二十年前640年西宮が火災に遭った
- 宣公十六年前593年成周の宣榭が焼失した
- 成公三年前588年新宮が火災に遭った
- 襄公九年前564年宋で火災があった
- 襄公三十年前543年宋で再び火災があった
- 昭公九年前533年陳で火災があった
- 昭公十八年前524年宋・衞・陳・鄭で同時に火災があった
- 定公二年前508年雉門と両観が火災に遭った
- 哀公三年前492年桓公・僖公の廟が火災に遭った
- 哀公四年前491年亳社(殷の遺民の社)が火災に遭った
- 記録の内訳(原注): 12件のうち原文の用字が「火」であるもの1件、「災」であるもの11件。
桓公十四年(前698年)
- 御廩(穀物倉)が火災に遭った。
莊公二十年(前674年)
- 斉で大火災があった。
僖公二十年(前640年)
- 西宮が火災に遭った。
宣公十六年(前593年)
- 成周(東周王都)の宣榭が焼失した。
成公三年(前588年)
- 新宮が火災に遭った。
襄公九年(前564年)
- 宋で火災があった。
襄公三十年(前543年)
- 宋で再び火災があった。
昭公九年(前533年)
- 陳で火災があった。
昭公十八年(前524年)
- 宋・衞・陳・鄭で同時に火災があった。
定公二年(前508年)
- 雉門と両観(宮門の楼観)が火災に遭った。
哀公三年(前492年)
- 桓公・僖公の廟が火災に遭った。
哀公四年(前491年)
- 亳社(殷の遺民の社)が火災に遭った。