春秋左傳事類始末日食三十六(既・朔・日の書き方の分類)(日食三十有六)
『春秋』に記された日食三十六件を、隱公三年(前720年)から定公十五年(前495年)まで225年間にわたり年代順に列挙する。記載形式は皆既食3件、朔と日を併記するもの26件など内訳が分かれ、史論は付されない。
年表(24件)
- 隱公三年前720年2月己巳の日、日食があった
- 桓公三年前709年7月壬辰朔の日、日食があり皆既食であった
- 桓公十七年前695年10月朔の日、日食があった
- 莊公十八年前676年3月、日食があった
- 莊公二十六年前668年12月癸亥朔の日、日食があった
- 莊公三十年前664年9月庚午朔の日、日食があった
- 僖公五年前655年9月戊申朔の日、日食があった
- 僖公十五年前645年5月、日食があった
- 文公元年前626年2月癸亥の日、日食があった
- 文公十五年前612年6月辛丑朔の日、日食があった
- 宣公八年前601年7月甲子の日、日食があり皆既食であった
- 宣公十七年前592年6月癸卯の日、日食があった
- 成公十六年前575年6月丙寅朔の日、日食があった
- 襄公十四年前559年2月乙未朔の日、日食があった
- 襄公二十年前553年10月丙辰朔の日、日食があった
- 襄公二十一年前552年9月と10月に相次いで日食があった
- 襄公二十四年前549年7月に皆既食、8月に再び日食があった
- 襄公二十七年前546年12月乙亥朔の日、日食があった
- 昭公七年前535年4月甲辰朔の日、日食があった
- 昭公十七年前525年6月甲戌朔の日、日食があった
- 昭公二十二年前520年12月癸酉朔の日、日食があった
- 昭公三十一年前511年12月辛亥朔の日、日食があった
- 定公五年前505年3月辛亥朔の日、日食があった
- 定公十五年前495年8月庚辰朔の日、日食があった
- 記録の内訳(原注): 「既」(皆既食)と記すもの3件、朔と日を併記するもの26件、日のみで朔を記さないもの1件、朔のみで日を記さないもの7件、朔・日いずれも記さないもの2件。
隱公三年(前720年)
- 2月己巳の日、日食があった。
桓公三年(前709年)
- 7月壬辰朔の日、日食があり、皆既食であった。
桓公十七年(前695年)
- 10月朔の日、日食があった。
莊公十八年(前676年)
- 3月、日食があった。
莊公二十五年(前669年)
- 6月辛未朔の日、日食があった。
莊公二十六年(前668年)
- 12月癸亥朔の日、日食があった。
莊公三十年(前664年)
- 9月庚午朔の日、日食があった。
僖公五年(前655年)
- 9月戊申朔の日、日食があった。
僖公十二年(前648年)
- 3月庚午の日、日食があった。
僖公十五年(前645年)
- 5月、日食があった。
文公元年(前626年)
- 2月癸亥の日、日食があった。
文公十五年(前612年)
- 6月辛丑朔の日、日食があった。
宣公八年(前601年)
- 7月甲子の日、日食があり、皆既食であった。
宣公十年(前599年)
- 4月丙辰の日、日食があった。
宣公十七年(前592年)
- 6月癸卯の日、日食があった。
成公十六年(前575年)
- 6月丙寅朔の日、日食があった。
成公十七年(前574年)
- 12月丁巳朔の日、日食があった。
襄公十四年(前559年)
- 2月乙未朔の日、日食があった。
襄公十五年(前558年)
- 8月丁巳の日、日食があった。
襄公二十年(前553年)
- 10月丙辰朔の日、日食があった。
襄公二十一年(前552年)
- 9月庚戌朔の日、日食があった。
- 10月庚辰朔の日、再び日食があった。
襄公二十三年(前550年)
- 2月癸酉朔の日、日食があった。
襄公二十四年(前549年)
- 7月甲子朔の日、日食があり、皆既食であった。
- 8月癸巳朔の日、再び日食があった。
襄公二十七年(前546年)
- 12月乙亥朔の日、日食があった。
昭公七年(前535年)
- 4月甲辰朔の日、日食があった。
昭公十五年(前527年)
- 6月丁巳朔の日、日食があった。
昭公十七年(前525年)
- 6月甲戌朔の日、日食があった。
昭公二十一年(前521年)
- 7月壬午朔の日、日食があった。
昭公二十二年(前520年)
- 12月癸酉朔の日、日食があった。
昭公二十四年(前518年)
- 5月乙未朔の日、日食があった。
昭公三十一年(前511年)
- 12月辛亥朔の日、日食があった。
定公五年(前505年)
- 3月辛亥朔の日、日食があった。
定公十二年(前498年)
- 11月丙寅朔の日、日食があった。
定公十五年(前495年)
- 8月庚辰朔の日、日食があった。