春秋左傳事類始末越子、平陽で盟う(越子盟于平陽)
越子が后庸を魯に遣わして邾の田の処置を伝え、平陽で三桓もそろって盟に従った。この状況を憂えた季康子が子貢を懐かしみ呼び戻す意向を漏らす短い一件。魯哀公二十七年(前468年)にあたる。
年表(1件)
- 魯哀公二十七年(前468年)越子の使者が来聘し平陽で三桓が盟に従い、季康子が子貢を懐かしむ
魯哀公二十七年(前468年)
- 越子は后庸を遣わして魯に来聘させ、あわせて邾の田を駘上に封ずることを伝えた。二月、平陽で盟が結ばれ、三桓(季孫・叔孫・孟孫)はいずれもこれに従った。
- 季康子はこの状況を憂い、話が子貢のことに及ぶと「もし子貢がここにいたら、こんな事態にはならなかっただろう」と述べた。孟武伯が「それならなぜ子貢を呼び戻さないのか」と問うと、康子は「もとより呼び戻すつもりだ」と答えた。文子(叔孫氏)は「その件はまた別の日に考えましょう」と述べた。