春秋左傳事類始末楚の公孫寧、巴の軍を敗る(楚公孫寧敗巴師)
巴人に楚の鄾を包囲された際、恵王が占いを経ずに公孫寧(子国)を将帥に選び、寧が呉由于・薳固とともに巴軍を破って析に封じられた一件。君子はこれを恵王が人の志を見抜いた例と評した。楚恵王十八年(前471年)にあたる。
年表(1件)
- 楚恵王
- 十八年(前471年)恵王が占わず公孫寧を将に選び、楚が鄾で巴軍を破る
楚恵王十八年(前471年)
- 巴人が楚を伐ち鄾を包囲した。かつて右司馬の子国が占いを行ったとき、占者の観瞻は「志の通りになる」と告げていた。巴軍が至り帥を占おうとすると、王は「寧(子国)で志の通りになる、何を占う必要があろうか」と述べ、子国に軍を率いさせた。子国が副官をつけてほしいと願うと、王は「寝尹と工尹はかつて先君に尽くした者たちだ」と述べてこの二人を添えた。
- 三月、楚の公孫寧(子国)・呉由于・薳固は鄾で巴軍を破った。この功により子国は析の地に封じられた。
史論(君子)
- 君子はこれを評し、「恵王は人の志を見抜いていた。『夏書』に『官占は人の志を明らかにするに過ぎず、亀卜と併せて判断する』とあるのは、まさにこのことを言うのだろう。古語に『聖人は卜筮を煩わさない』とあるが、恵王にはその趣がある」と述べた。