春秋左傳事類始末魯、初めて羔裘を尊ぶ(魯始尚羔)

晋が斉の侵攻から魯を救援した際の会見で范献子が羊(羔)を贄として用いたことに由来し、以後魯で羔を尊ぶ風習が始まったといういわれを記す短い一篇。

年表(1件)

魯定公八年(前502年)

  • 斉の国夏・高張がわが国の西の辺境を攻めたため、晋の士鞅・趙鞅・荀寅が魯を救援した。定公は瓦で晋の軍と会見した。
  • その際、范献子(士鞅)は羊(羔)を贄として執り、趙簡子・中行文子(荀寅)はいずれも雁を執った。これ以降、魯では羔を尊ぶ風習が始まった。