春秋左傳事類始末定公、斉を侵し陽州に迫る(定公侵齊門于陽州)
魯定公が斉に侵攻し陽州の城門を攻めた戦役で、顔高の強弓や顔息の失矢、冉猛の臆病な振る舞いなど、諸将の逸話を通じてその一戦の様子を描く短い一篇。
年表(1件)
- 魯定公八年(前502年)定公が斉の陽州門を攻め諸将がそれぞれの勇怯を示す
魯定公八年(前502年)
- 定公が斉に侵攻し、陽州の門を攻めた。兵士たちが列座していたとき、顔高の弓は六鈞(非常に強い弓)だと評判になり、皆が取って見比べた。
- 顔息は敵を射て眉のあたりに命中させたが、退いて「私には勇気がなく、狙ったのは目だったのに外れてしまった」と言った。軍はやがて退いた。
- 冉猛は足を負傷したふりをして先に退こうとしたが、兄の冉会が「猛よ、しんがりを務めよ」と呼びかけて咎めた。
- 苫越に子が生まれ、何かの出来事にちなんで名付けようとしていたところ、陽州の戦役で戦果を得たため、その子を「陽州」と名付けた。