春秋左傳事類始末晋、陸渾氏を滅ぼす(晉滅陸渾氏)
晋が周への祭祀要請を口実に陸渾氏を欺いてこれを滅ぼした経緯を描く。萇弘の警告で周も戎への備えを固め、荀呉は文公の夢のお告げに従って捕虜を廟に献じた。
年表(1件)
- 魯昭公十七年(前525年)晋の荀呉が陸渾氏を欺いて滅ぼし、楚への内通を咎める
魯昭公十七年(前525年)
- 晋侯は屠蒯を周に遣わし、雒水と三塗山への祭祀を求めさせた。萇弘は劉子に、その使者の様子が祭祀のためというより猛々しく、実は戎を伐つつもりではないかと告げ、備えを勧めた。周はそこで戎への警戒を固めた。
- 九月、晋の荀呉は軍を率いて棘津から渡り、祭史にまず雒水で牲を用いさせて陸渾の人々を欺いた。晋軍はそのまま陸渾氏を滅ぼし、楚に二心を通じていたことを責めた。陸渾子は楚へ亡命し、周は大いに戦果を得た。
- 晋の宣子は、文公が荀呉を伴い陸渾の地を授ける夢を見ていたため、穆子(荀呉)に軍を率いさせ、捕虜を文公の廟に献じさせた。