春秋左傳事類始末郯子、来朝する(郯子來朝)
郯子が魯に来朝し、昭子の問いに答えて少皞氏以来の鳥官制度の由来を語った故事を描く。孔子はこれを聞いて郯子に学び、官学がすでに四夷に残るのみとなった現状を嘆いた。
年表(1件)
- 魯昭公十七年(前525年)郯子が来朝し鳥官の由来を語り、孔子がこれに学ぶ
魯昭公十七年(前525年)
- 郯子が魯に来朝し、昭公が宴を設けた。昭子(叔孫婼)が「少皞氏はなぜ鳥の名で官職を名付けたのか」と問うと、郯子は先祖の由来を語った。すなわち黄帝は雲によって記録したため雲師と呼び、炎帝は火、共工は水、大皞は龍によって官を名付けたが、自らの高祖・少皞摯が即位したとき鳳鳥が飛来したため鳥によって記録し、鳥師と呼んだと説明した。
- 郯子はさらに、鳳鳥氏・玄鳥氏・伯趙氏(伯労)・青鳥氏(鶬鷃)・丹鳥氏・祝鳩氏・雎鳩氏・鳲鳩氏・爽鳩氏・鶻鳩氏の五鳩が民を治める官であり、五雉が百工を、九扈が農事を司ったことを述べ、顓頊以後は遠い天象によらず身近な事物で官を紀すようになったため、民事を掌る官名も民に由来するようになったと語った。
- 孔子はこれを聞いて郯子に会って学び、のちに人々に「天子はすでに官学を失い、その学問は今や四夷に残っている、まことにそのとおりだ」と語った。