春秋左傳事類始末晋の荀盈卒し晋侯飲酒して楽しむ(晉荀盈卒晉侯飲酒樂)
晋の荀盈が使者の途上で急死し未葬のまま晋侯が酒宴を開いていたのを、膳宰の屠蒯が楽師・寵臣・自らを順に諭して晋侯に気づかせ、宴をやめさせた一話。
年表(1件)
- 魯昭公九年前533年荀盈の死を悼まず酒宴を開く晋侯を屠蒯が諭し宴をやめさせる
魯昭公九年(前533年)
- 晋の荀盈が斉へ嫁取りの使者として赴く途中、戲陽で急死したが、まだ葬られていなかった。にもかかわらず晋侯は酒宴を開いて楽しんでいた。
- 膳宰(食事役)の屠蒯が進み出て、楽師に酒を注いで飲ませ、「お前は君の耳の役目で、聴覚を司るはずだ。今日は忌み日(子卯の日)にあたり、君はこうした日には宴楽を控え、学び手も業を休むものだ。しかるに股肱の臣(荀盈)が欠けたというのに、それを聞かず楽しむとは耳が利いていないことになる」と諭した。
- 続いて寵臣の嬖叔にも酒を飲ませ、「お前は君の目の役目で、礼にかなった立ち居振る舞いを見極めるべきなのに、今の君の様子は場にふさわしくないのにそれを諫めないのは、目が利いていないことになる」と述べた。
- さらに自らも酒を飲み、「私は味を司る者だが、耳目を司る二人の臣が職責を怠ったのを見過ごしたのは私の罪だ」と述べた。晋侯はこれに納得し酒宴をやめさせた。
- もともと晋侯は知氏(荀氏)を廃してその寵臣を後継に立てようとしていたが、この一件で思いとどまり、荀躒を下軍の補佐に任じてなだめた。