春秋左傳事類始末楚、能く人を官す(楚能官人)
楚が公子午・公子罷戎・蒍子馮ら多数を令尹以下の要職に任じて国内を安定させたことについて、君子が適材適所の人事こそ国家の急務であると評した短い一話。
年表(1件)
- 魯襄公十五年前558年楚が公子午ら多数を要職に任じ人事で国内を安定させる
魯襄公十五年(前558年)
- 楚は公子午を令尹、公子罷戎を右尹、蒍子馮を大司馬、公子橐師を右司馬、公子成を左司馬、屈到を莫敖、公子追舒を箴尹、屈蕩を連尹、養由基を宮廏尹に任じ、国内を安定させた。
- 君子は「楚はこれによって適材適所の人事ができた。人事は国家の急務であり、適切な人事があれば民に不満の心が起きない。『詩経』に『我が慕う人を思い、あの列に置く』とあるのは、まさに人材を適所に配することを言う。王・公・侯・伯・子・男や、王畿の甸・采・衛の大夫がそれぞれ相応の位に就くのが、まさにこの『列』の意味である」と評した。