春秋左傳事類始末子囊、卒す(子囊卒)
楚の子囊が没する際、子庚に郢の築城を遺言し、死してなお社稷を守ることを忘れなかった姿勢を君子が忠と評した短い一話。
年表(1件)
- 魯襄公十四年前559年子囊が没し臨終に郢の築城を遺言する
魯襄公十四年(前559年)
- 楚の子囊が没した。臨終に際し子庚に「必ず郢に城を築くように」と遺言した。君子は「子囊は忠であった。死してなお主君の諡(共)を高めることを忘れず、臨終に及んでも社稷を守ることを忘れなかった。これを忠と呼ばずして何としよう。忠は民が仰ぎ見るものである。『詩経』にいう『行いは周に帰す、万民の望むところ』とは、まさに忠を言うものだ」と評した。