春秋左傳事類始末魯、初めて髽す(魯始髽)

邾人・莒人が鄫を攻めた際、鄫救援に向かった臧紇が邾に敗れ、戦死者を迎える国人が皆髽の髪型をしたことから魯で髽の風習が始まり、国人が臧紇を風刺する歌を作った逸話。

年表(1件)

魯襄公四年(前569年)

  • 冬、邾人・莒人が鄫を攻めた。臧紇は鄫を救おうと邾に侵攻したが、狐駘で敗れた。国人は戦死者の遺体を出迎える際、皆が髽(麻髪を束ねただけの簡略な喪の髪型)をした。魯ではこれ以降、髽を用いる風習が始まった。
  • 国人はこれを風刺して「臧の狐裘、我を狐駘で敗らせた。我らの若君(幼い襄公)は侏儒(背の低い臧紇)を重用し、その侏儒が我らを邾に敗らせた」と歌った。