春秋左傳事類始末宋文公、初めて厚葬する(宋文公始厚葬)
宋文公の薨去に際し、宋で初めて厚葬の風が始まり、殉死者や過度な副葬品、王者に准ずる棺の装飾までが行われた。君子は華元・楽挙が主君を諫めず、かえって奢侈を助長したことを臣下の務めの欠如として批判する。
年表(1件)
- 魯成公二年(前589年)宋文公の葬儀で初めて殉死や過度な厚葬が行われ臣下の不忠が評される
魯成公二年(前589年)
- 宋の文公が薨去し、宋では初めて厚葬の風が始まった。蜃灰や炭を用い、車馬の副葬を増やし、初めて殉死者を出し、貴重な副葬品を備え、棺槨には四方に屋根のような飾り(四阿)を施し、棺には羽根飾りや檜材の装飾(王者の礼に准ずるもの)を施した。
- 君子はこれを評し、「華元・楽挙はこの点で臣下としての務めを果たさなかった。臣下とは主君の煩いを治め迷いを除く者であり、そのためには身を賭して諫めるべきである。しかしこの二人は、主君が生きている間はその迷いに従い、死後はさらにその奢侈を増長させた。これは主君を悪へ陥れることであり、臣下の務めとは言えない」と述べた。