春秋左傳事類始末邾文公、繹に遷る(邾文公遷于繹)
邾の文公が占いで「民に利、君に不利」と出た遷都を、民の利は自らの利であるとして繹へ断行し、その年のうちに没したが、君子はこれを天命を知る者と評した一件。
年表(1件)
- 文公十三年(前614年)邾の文公が民の利を優先して繹へ遷都し、五月に没した
文公十三年(前614年)
- 邾の文公が占い、都を繹に遷すべきか占わせた。史官は「民には利があるが、君には不利」と言った。
- 邾子は「もし民に利があるなら、それは私の利益でもある。天が民を生み、その上に君を立てたのは民を利するためだ。民が利を得れば、私もその中にいる」と述べた。
- 側近が「天命は長らえさせられる、なぜ遷都をためらうのか」と言うと、邾子は「命とは民を養うことにあり、寿命の長短は時運にすぎない。民に利があるなら遷都すべきだ、これほど吉なことはない」と答え、繹に遷都した。
- 五月、邾の文公は亡くなった。君子はこれを「天命を知る者」と評した。