春秋左傳事類始末楚、六・蓼を滅ぼし皐陶絶祀(楚滅六蓼皐陶不祀)
楚が叛いた六・蓼の両国を相次いで滅ぼし、皐陶・庭堅の子孫の祭祀が絶えたことを魯の臧文仲が哀惜した一件。
年表(1件)
- 文公五年(前622年)楚が六・蓼を滅ぼし、臧文仲が皐陶の祭祀断絶を嘆いた
文公五年(前622年)
- 六国が楚に叛き東夷に付いた。楚の成大心と仲帰が軍を率いて六を滅ぼした。
- 冬、楚の公子燮が蓼を滅ぼした。
- 魯の臧文仲はこれを聞き、「皐陶・庭堅の子孫が祀られなくなるとは。徳を立てなかったために民の後ろ盾を失ったのだ、哀しいことだ」と嘆いた。