春秋左傳事類始末僖公の位牌を進める(躋僖公)

太廟の祭祀で夏父弗忌が僖公の神位を本来の順序を超えて繰り上げたことを君子が非礼と評し、古来の祭祀の順序を守るべき例を挙げて説く。あわせて孔子が臧文仲の三不仁・三不智を評した逸話も記す。

年表(1件)
  • 文公二年夏父弗忌が僖公の神位を繰り上げ、君子がこれを非礼と評す

文公二年

  • 太廟での祭祀に際し、僖公の神位を(本来の順序を超えて)繰り上げたのは、祭祀の順序に逆らう行為であった。当時、宗伯を務めていた夏父弗忌は僖公を尊び、「新しい霊は大きく、古い霊は小さい。大を先に小を後にするのが順当。聖賢を繰り上げるのは明智であり、これに従うのが礼である」と主張した。
  • 君子はこれを失礼と評した。礼に順序を欠くことはなく、祭祀は国の大事である。それを逆にして礼と言えるだろうか。たとえ聖明な子孫であっても、父祖より先に祀られることはこれまでなかった。禹は鯀より先に祀られず、湯は契より先に祀られず、文王・武王は不窋より先に祀られない。宋は帝乙を、鄭は厲王を始祖として祀るが、それでもなお更に古い祖を上位に置く。『魯頌』に「春秋の祭祀を怠らず、享祀は誤りなく、皇天上帝と先祖后稷を尊ぶ」とあるのは、后稷が近い祖先であっても、なお上帝を先に置くことを言うものである。『詩』にも「我が姑たちに安否を尋ね、その後で姉に及ぶ」とあるのは、姉の方が近しくとも、姑を先に立てることを言うものである。
  • 孔子は、臧文仲には三つの不仁と三つの不智があると評した。展禽を低い地位に留め、六関の優遇を廃し、侍妾に蒲を織らせて利を貪ったのが三つの不仁。無用の器物を作り、逆祀を放置し、爰居(海鳥)を神として祀ったのが三つの不智である。