春秋左傳事類始末随、漢東の諸侯を率い楚に叛く(随以漢東諸侯叛楚)
随が漢水東方の諸侯を率いて楚に叛いたが楚の闘穀於菟に討たれ和睦した一件。君子はこれを随の力量の見誤りとして評した。僖公二十年(前640年)。
年表(1件)
- 僖公二十年前640年随が楚に叛くが討たれ和睦、君子が力量の見誤りと評す
僖公二十年(前640年)
- 随が漢水東方の諸侯を率いて楚に叛いた。楚の闘穀於菟が軍を率いて随を伐ち、和睦を取り付けて引き上げた。君子はこれを評して「随が攻められたのは自らの力量を見誤ったからだ、力量をわきまえて動けば過ちは少ない。成功も失敗も自分次第であって、他人のせいにはできない」とし、詩の「朝な夕なに慎まねば、道に露が多くて濡れる(不用心では災いを招く)」の句を引いた。