春秋左傳事類始末羽父、隠公を弑す(羽父弑隱)

隠公が幼い桓公を守り立てて摂政していたところ、大宰の地位を求めた羽父は桓公暗殺を願い出て拒まれると、逆に隠公を桓公に讒言し弑逆をそそのかす。隱公十一年十一月、羽父は刺客を送って寪氏の館で隠公を弑し、桓公が即位した。

年表(1件)

隱公十一年(前712年)

  • 魯の恵公の正妃・孟子が没した後、継室の声子が隠公を生んだ。宋の武公の娘・仲子は生まれつき手に「魯夫人となる」という文様があり、恵公に嫁いで桓公を生んだ後、恵公が薨じたため、隠公が即位して桓公を守り立てていた。
  • 羽父は桓公を殺すことを願い出て、その功で大宰の地位を得ようとしたが、隠公は「桓公が幼いため摂政しているに過ぎず、いずれ位を譲るつもりだ。菟裘の地に隠居所を営ませている」と答えた。
  • 羽父はこれを恐れ、逆に隠公を桓公に讒言し、桓公に隠公殺害を持ちかけた。
  • 十一月、隠公が鍾巫の祭祀のため社圃で斎戒し、寪氏の館に宿泊した際、壬辰の日、羽父は刺客を送り寪氏の館で隠公を弑した。桓公が即位し、寪氏を討伐して死者が出た。