春秋左傳事類始末息侯、鄭を伐つ(息侯伐鄭)
言葉のいさかいから息侯が鄭を攻めるが大敗して帰還する。君子は徳・力・親愛・言い分・罪の有無を量らずに他国を攻めたことを五つの過ちとして挙げ、息の滅亡が近いと見抜いた。隱公十一年(前712年)の一件。
年表(1件)
- 隱公十一年前712年息侯が鄭を攻めて大敗し滅亡の兆しと評される
隱公十一年(前712年)
- 鄭と息の間で言葉のいさかいがあり、息侯が鄭を攻めたが大敗して帰還した。
- 君子はこれにより息の滅亡が近いことを見抜いた。徳を量らず、力を計らず、親族への親愛を欠き、言い分を正さず、罪の有無を明らかにしない、この五つの過ちを犯して他国を攻めれば、軍を失うのも当然だと評した。