春秋左傳事類始末鄭伯、王命を以て宋を討つ(鄭伯以王命討宋)

宋公が周王への朝見を怠ったため、王命を奉じた鄭伯が斉侯・隠公と結んで宋を討ち菅で破る。鄭軍は郜・防を占領するが、得た土地を私せずいずれも魯に返還し、君子はこれを王を敬う正しい行いと称えた。隱公九年(前714年)から十年にかけての一件。

年表(2件)

隱公九年(前714年)

  • 宋公が周王への朝見を怠ったため、周の左卿士であった鄭伯が王命を奉じて宋を討つこととなった。

隱公十年(前713年)

  • 六月戊申、隠公は斉侯・鄭伯と老桃で会合した。壬戌、隠公は菅で宋軍を破った。庚午、鄭軍は郜に入城し、辛未には魯にこれを返還した。庚辰、鄭軍は防に入城し、辛巳にはこれも魯に返還した。
  • 君子はこれを評し、鄭の荘公が王命を奉じて不忠の国を討ちながら得た土地を私せず魯に返還したことを、王を敬う正しい行いだと称えた。