春秋左傳事類始末祊と許田を交換する(祊易許田)

鄭伯は泰山の祭祀をやめ周公を祀ることとし、祊の地と魯の許田の交換を申し出るが、隱公八年時点では祊を渡したのみで交換は成立しなかった。桓公が即位して鄭との友好を修めると、鄭は改めて願い出て璧を添え許田を借り受ける形で交換を成立させた。

年表(2件)

隱公八年(前715年)

  • 鄭伯は泰山の祭祀を取りやめ、周公を祀ることとし、泰山の祊の地を許田と交換したいと申し出た。三月、鄭伯が祊の地を魯に渡しに来たが、泰山の祭祀は行わなかった。

桓公元年(前711年)

  • 桓公が即位し鄭との友好を修めると、鄭人は改めて周公を祀ることを願い出て、結局祊の地と許田の交換を成立させたいと求め、桓公はこれを許した。鄭伯は璧を添えて許田を借り受ける形をとった。これは周公の祊の地を得るためであった。