春秋左傳事類始末隠公、棠に魚見物に行く(如棠觀魚)

隠公が棠で漁を見物しようとしたのに対し、臧僖伯は君主が国事に関わらぬ物見遊興に関わるべきでないと諫めるが、隠公は聞かず棠へ赴く。臧僖伯は同行せず、後に没すると隠公は破格の礼で葬った。隱公五年(前718年)の一件。

年表(1件)

隱公五年(前718年)

  • 隠公が棠の地に赴き漁を見物しようとした。臣下の臧僖伯は、国事に関わらない物事や、道具として用をなさぬものに君主が関わるべきでないと諫めた。
  • 臧僖伯は、君主は民を規範・法度に導く者であり、農事の合間に行う春蒐・夏苖・秋獮・冬狩といった軍事訓練は道理にかなうが、鳥獣の肉が祭祀に用いられず、皮革・歯牙・骨角・羽毛が器物にならぬような猟や漁は古の制度に反すると説いた。また山林川沢の産物や器物の材料、身分の低い者の職務・役人の管掌事項は君主が手を出すべきものではないとも述べた。
  • 隠公は「土地の視察のついでだ」と言って結局棠へ赴き、魚を並べて見物した。臧僖伯は病と称して同行しなかった。
  • 臧僖伯が没すると、隠公は「叔父には恨みを残させてしまった、忘れることはできない」と言い、破格の礼をもって葬った。