樵史通俗演義第十四回 新天子、奸を除き独断し、大篡逆は勢いを失い共に褫奪さる (新天子除奸獨斷 大篡逆失勢雙褫)

信王の即位

  • 内閣・九卿らが信王府へ勧進の書を送り、遺詔を整えて信王の即位を進めた。
  • 魏忠賢は李永貞・劉若愚と対策を協議。腹心(崔呈秀・吳淳夫・田吉・李夔龍ら)はなお要職にあるとして楽観するが、客氏は「新帝の代では自分たちの居場所がない」と焦り、宮中の財宝を運び出す算段を始める。魏良卿も誘い込まれ、大量の宝物が持ち出された。

崇禎帝の即位と魏忠賢の懐柔工作

  • 兄終弟及の礼制に則り信王が皇帝位に就き、年号を崇禎と定めた。
  • 魏忠賢は新帝の側近徐應元に取り入り、賄賂と卑屈な言葉で懐柔。廠印の辞退を装いながらも実権を手放さぬ策を弄し、崇禎帝が形だけ徐應元に廠事を協理させたことで、魏忠賢はなお権勢を保った。

崔呈秀の専横と密事

  • 崔呈秀は徐應元との連携を得た魏忠賢を後ろ盾に、なおも放縦を極め、官職の売買で私腹を肥やした。
  • 妾蕭靈犀の兄蕭惟中との金銭取引を通じ、総兵の昇進を賄賂で取り計らい、密雲中軍の地位を横取りさせる場面が描かれる。

崔呈秀の弾劾と失脚

  • 大計(人事考課)を控え、崔呈秀は腹心を要職に据えようとするが、楊所修・楊維垣・陸澄源・賈繼春らが相次いで崔呈秀の不孝・貪汚・僭越を弾劾。
  • 崇禎帝は当初穏便な処置にとどめたが、ついに崔呈秀の守喪帰郷を許す形で事実上罷免。子の崔鐸の科挙不正も発覚し失格となった。
  • 崔呈秀は財宝を持って帰郷する途中、盗賊に襲われ財産・侍妾の多くを奪われる。さらに腹心李永貞の弟が自ら命を絶ったとの報が届き、動揺する中でついに削籍の知らせが届いた。