蜀鑑秦人、蜀より楚を伐つ(秦人自蜀伐楚)
秦昭襄王二十七年(前280年)に司馬錯が隴西から蜀を経て楚の黔中を落とし、同三十年(前277年)には蜀守の張若が巫郡と江南の地を取って黔中郡を置くまで。秦が六国を併呑できた起点は蜀の獲得にあり、蜀・漢中・黔中を順に得たことで宿敵である楚の右腕は断たれ、楚は孤立した。そのうえで懐王を人質として操り、ついに天下統一に至ったと論じる。
秦昭襄王二十七年(前280年)
- 司馬錯が隴西から兵を出し、蜀を経由して楚の黔中を攻め、これを落とした。
秦昭襄王三十年(前277年)
- 蜀守の張若が楚を攻め、巫郡および江南の地を取って黔中郡とした。
史論(論曰)
- 秦が六国を併呑できたのは、蜀を得たことに始まる。秦にとっての宿敵は楚であった。
- 蜀を取り、漢中を取り、さらに黔中を取ったことで楚の右腕は断たれ、楚は孤立した。
- そのうえで懐王を人質に取って自在に操り、ついに六雄を滅ぼして天下を統一した。これは偶然ではなく、蜀を得たことの結果である。