新唐書卷二百二十四下 列傳第一百四十九下 喬琳
宰相としての誤算
- 喬琳、并州太原の人。誕蕩な性格で郭子儀の書記から諸州刺史を歴任。友人張涉の推薦で御史大夫・同中書門下平章事となったが老いと不適格な判断で罷免された。
- 徳宗の奉天出奔に従わず病と称して留まり、朱泚に降って吏部尚書を受けたため、乱平定後に処刑された(「七夕に生まれ、この日に死ぬのは天命か」と嘆いた)。
蔣鎮ら関係者
- 蔣鎮(蔣洌の子)は塩池の吉兆を偽り報告するなど権力に阿った人物で、朱泚の乱では捕らえられたが兄鏈の制止で自死を免れ、後に助命された者もいた。