新唐書卷二百二十四下 列傳第一百四十九下 李忠臣
安史の乱での戦功
- 李忠臣、本名董秦、幽州薊の人。安禄山軍から平盧軍に転じ各地で戦功を挙げ、河北招討使から徳州刺史などを歴任。史思明に降ったが後に脱出し李光弼のもとへ戻った。代宗より「忠臣」の名を賜り、淮西節度使として活躍した。
河南平定と権勢
- 田承嗣・李霊耀討伐で戦功を重ね、汴州刺史・同中書門下平章事・西平郡王に叙せられた。しかし貪婪で好色な性格から将士の婦女を犯すなど暴虐が目立ち、大歴14年(779年)、部将李希烈らの反乱により追放された。
徳宗朝での失脚と最期
- 帝の寵愛は続き、張涉・辛京杲の助命嘆願で活躍したが、実務能力に乏しく閑職に留まった。朱泚の乱で偽の司空・侍中を受けたため、乱の平定後に子とともに処刑された。