新唐書卷二百六 列傳第一百三十一 韋溫

中宗韋皇后の一族

  • 中宗廃后(韋皇后)の従父兄。后の父玄貞は流罪先の欽州で没し、妻崔氏は蛮族に殺され、四子も同時に死んだ。中宗復位後、玄貞に上洛郡王等を追贈し盛大な改葬を行った。
  • 温自身は贓罪で一度失脚したが、神龍初、宗正卿から禮部尚書・魯国公。弟の湑は左羽林大将軍・曹国公、姉妹は陸頌・嗣虢王邕に嫁ぎ、湑の子捷・温の従弟濯はともに公主に尚した。景龍三年、太子少保同中書門下三品として実権を握ったが、能力に乏しく武氏一族ほどの威勢はなかった。
  • 湑は修文館大学士を兼ねたが、熒惑の異変を憂う韋后により温泉で毒殺された。
  • 中宗崩御後、韋后専権のもと温は内外の兵権を握り、宗楚客・武延秀らとともに図讖を利用した簒奪計画に加わったが、玄宗の挙兵により誅殺され、韋氏一族は皆殺しにされた。

周仁軌

  • 后の母族。并州長史として残忍な統治を行った逸話(切り落とされた腕を野に捨てても異臭を放たず気味悪がられた話)が伝わる。韋后敗死とともに誅された。
  • 睿宗が玄貞・洵の墓を暴いた後、盗掘が横行したが、天寶九載に再発掘した際、墓誌の日付と発掘日が奇しく一致したという逸話も付記される。