新唐書卷二百四 列傳第一百二十九 薛頤

方術の道士

  • 薛頤、滑州の人。隋大業年間に道士、天文暦法に長じた。武徳初、秦王府に密かに仕え「徳星が秦の分野にある、王はやがて天下を得るだろう」と予言し太史丞となった。貞観年間、玄宗(太宗)の泰山封禅計画に際し彗星の出現から東行を諫め、封禅は延期された。道士に戻ることを願い出て観を建てられ「紫府」と号し太中大夫。清台を建て天文を観測し、李淳風の観測と一致したという。
  • 高宗朝の葉法善は括州括蒼の人、代々道士で陰陽・占繇・符架の術を伝え妖怪を鎮めたとされる。高宗に召されたが官を受けず内斎場に留まった。方士による黄金錬丹の可否を検証し、多くの偽術者を退けた逸話、東都での祭壇で人々が炎に飛び込んだ怪異を鎮めた逸話が伝わる。
  • 高宗・中宗二代の五十年、山中と宮中を往来し、仏教を強く批判した。睿宗即位に陰の助力があったとされ、鴻臚卿・越国公に封ぜられた。開元八年、107歳前後で没し、越州都督を追贈された。