人相占いの名手
- 益州成都の人。隋で塩官令。洛陽で杜淹・王珪・韋挺と交わり、それぞれの将来(文章での栄達、五品官への昇進、武官での立身)を的中させたという逸話が伝わる。武徳中、彼らとともに流罪となった際も再会し「三君とも貴顕に至るが晩節は困窮する」と予言した。竇軌の人相を「十年で顕位に至り梁益で功を立てる」と予言し的中させた逸話も伝わる。
- 貞観初、太宗に召され「古の君平(厳君平)に自分は勝る」と評された。武后の幼少時、母の相と武后自身の相を見て「貴子を生む相」「龍瞳鳳頸、極めて貴い。女子ならば天子となる」と予言した逸話は特に有名。岑文本・張行成・馬周の人相も的中させ、高士廉に自らの死期を予言した通り火山令で没した。
- 子の客師も術を継ぎ廩犧令。高宗の試験に鼠の懐妊を的中させた逸話、渡河の可否を人相で見抜いた逸話が伝わる。
附 張憬藏・乙弗弘禮・金梁鳳・王遠知
- 長社の張憬藏も袁天綱に並ぶ術者とされ、太子詹事蔣儼・劉仁軌・魏元忠・姚崇らの運命を的中させた多くの逸話が伝わる。
- 隋末の乙弗弘禮(高唐の人)は煬帝の即位を予言し、乱世に「聖人は人相に表れぬので分からない」と答えて追及をかわした逸話、貞観時代に薛大鼎の没落と復権を予言した逸話が伝わる。
- 玄宗朝の金梁鳳は裴冕・呂諲・李揆らの運命を的中させたとされる。
- 王遠知は瑯邪の出、後に揚州に移った。父曇選は陳揚州刺史。母の懐妊の夢と浮屠寶誌の予言、陶弘景に師事し道士となった経歴、隋煬帝・唐高祖・太宗との関わり(房玄齢を伴った微行時の予言)が記される。太宗の即位を予言したとされ、潤州茅山の道観に居し、126歳で没したという。子の紹業への遺言(「爾は六十五で天子に、七十で女君に見える」)が的中し、高宗・武后から称号を追贈された。