新唐書卷二百三 列傳第一百二十八 李賀

鬼才の早世

  • 字は長吉、鄭王の後裔。七歳で辞章を作り、韓愈・皇甫湜が疑って訪ねると即興で『高軒過』を賦し二人を驚かせた。痩身で眉が繋がり指が長く速筆であった。
  • 毎朝弱馬に乗り従僕を連れて外出し、着想を得るごとに古い錦の袋に詩句を書いて投げ込み、夕方に持ち帰って完成させたという独特の作詩法で知られた(大酔や弔喪の日を除く)。母が袋の中身の多さに「この子は心血を吐き尽くすまで止めぬのか」と嘆いた逸話も伝わる。父の名が晋粛であったため「進士」の音を避けて挙進士せず、韓愈が『諱辨』を著して弁護したが結局受験しなかった。
  • 詩は奇詭を尊び当時誰も及ばぬ作風であった。楽府数十篇は楽師によって管弦に合わせられた。協律郎として享年27で没した。交遊の権璩・楊敬之・王恭元がしばしば作品を持ち去ったため、伝存する詩は少ないという。