新唐書卷二百三 列傳第一百二十八 崔元翰
崔元翰
- 名は鵬、字で行われた。父の良佐は齊国公崔日用の従昆弟。明経甲科、湖城主簿を経て母の喪で辞官。詩・易・書・春秋を研究し数十篇の論著を残した。共北の白鹿山に隠棲し、没後門人が「貞文孝父」と諡した。
- 元翰は進士・博学宏辭・賢良方正すべてに優等及第。李勉・馬燧の幕府を経て禮部員外郎、竇参の下で知制誥。訓辞は温厚で典誥の風があったが、性格が剛褊で時流に容れられず孤立し、比部郎中に左遷され70余歳で没した。
- 老いても学を怠らず班固・蔡邕の文体を範とした。陸贄・李充を怨み裴延齢に阿附したが、京兆の財政不正を追及した際、彼らに罪を着せることはできなかった。