新唐書卷二百二 列傳第一百二十七 蘇源明

蘇源明

  • 京兆武功の人、初名は預、字は弱夫。孤児として徐州・兗州に寓した。天寶年間、進士及第、太子諭德に累遷。東平太守として濟陽郡の分割統治を巡る郡県調整に関与した後、国子司業に召された。
  • 安禄山陥落時、病と称し偽官を拒んだ。粛宗の両京回復後、考功郎中知制誥として、王璵の淫祀偏重を憂え、史思明陥落後の玄宗(上皇)の東京行幸計画に対し、十箇条にわたる痛烈な諫言を上疏(本文に長文引用、道路の荒廃・旱魃・飢餓・盗賊・国用の窮乏など)。玄宗はこれを容れ東幸を中止した。秘書少監で没した。
  • 杜甫・鄭虔と親しく、元結・梁肅とも交わりが深かった。

附 梁肅

  • 字は敬之、一字は寛中。隋刑部尚書梁毘の五世孫。建中初、文辞清麗科に及第、太子校書郎。蕭復の推挙で右拾遺、母の病を理由に修史を辞退。杜佑の淮南掌書記を経て監察御史、右補闕、翰林学士、皇太子諸王侍讀を歴任。享年41、禮部郎中を追贈された。

【要判断】巻頭に定型4行がなく{{header}}テンプレートもないため、隣接する0214(新唐書卷二百一・文藝上・next=文藝中)と0216(新唐書卷二百三・文藝下・previous=文藝中)の記載から「新唐書卷二百二 列傳第一百二十七 文藝中」と推定した。