新唐書卷一百九十六 列傳第一百二十一 衛大経
衞大経
- 衛大経は蒲州解の人。高潔な行いで知られ二言を発しなかった。武后が召しても病と称して固辞した。友人の魏の夏侯乾童の母の死を聞くと猛暑の中を歩いて弔いに向かい、「手紙で済ませては」との忠告に「書は意を尽くせるか」と答えた。到着すると乾童が不在のため席を設けて弔礼を行い、家族には尋ねずに帰った。開元初、刺史畢構が県令孔慎言に謁見を求めさせたが応じなかった。
- 衛大経は《易》に深く通じ「易聖」と称された。自ら死期を占い墓を掘って志を記し、予言通りの日に没した。