新唐書卷一百七十五 列傳第百 張宿
張宿
- 出自は寒族。憲宗が広陵王だった頃、張茂宗の推薦で邸に出入りし、誕譎で敢言な人物として知られた。監撫(皇太子監国)に伴い布衣から左拾遺に抜擢されたが、禁中の秘密を漏らしたことで郴丞に貶され10年余不遇だった。
- 比部員外郎に累進。宰相李逢吉が「宿の狡猾さ」を再三帝に警告し濠州刺史に出そうとしたが、宿は自弁の上疏で留任した。逢吉は諫議大夫への昇進にも「宿は細人であり要職を汚すべきでない」と反対、後に逢吉が失脚すると宿は権知諫議大夫となるが崔群・王涯が「山林や行伍から抜擢される例はあるが道義に卓越した者に限る、宿は望みが軽く不次の抜擢は宿にとっても累となる」と再考を求めたが聞き入れられず宣授された。
- 執政に取り立てられなかった恨みから讒言を重ね、皇甫镈と結んで多くの正人君子を中傷した。元和末、淄青の李師道が割地・入子侍を申し出た際の交渉役として派遣される途中、道中で急死した。贈秘書監。